弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年9月19日

炎を越えて

社会


著者  杉原 美津子 、 出版  文芸春秋

 NHKスペシャルで、放映された(2014年2月28日)内容が本になったもののようです。
 事件が起きたのは、1980年8月19日の夜9時すぎのこと。東京・新宿駅西口のバス停です。突然、バスにガソリンが投げ込まれ、火が付いて、30人の乗客猛火に包まれた。結局、6人の乗客が死亡し、20人が重軽傷を負った。犯人は無期懲役。やがて、刑務所内で自死した。
 この本の著者は、乗客の一人でした。熱傷の範囲は全身の80%に及び、医師は「絶望」とみた。しかし、死線を乗りこえ、ケロイドの皮膚をもちながらも退院できるようになった。ただし、大量の輸血のために、C型肝炎に感染した。
看護師が「魔の薬浴」と呼んだ治療と処置が毎朝、全身の傷口がふさがるまで数ヶ月間も続いた。手術が一週間に一度の割合で行われた。壊死した皮膚組織をメスで削りとる。次に、本人の皮膚を植皮する。
 加害者は当時38歳の男性。自らの不甲斐なさに腹立ちと焦燥を覚え、自分のみじめな境遇を思うにつけ、世間に対してねたみや恨みの感情を抱くようになった。人々から、行く先々で唾棄され、「自分だって、やる気になれば、何だってできる。馬鹿野郎、なめやがって」と思い、火とガソリンを投げ込んだ。
 死刑の求刑に対して、無期懲役の判決が出た。犯人(被告人)は低知能を基調として、心因反応性の被害・追跡妄想にもとづく情動興奮と酩酊との影響を受け、心神耗弱(こうじゃく)の状態にあったとされた。
 千葉刑務所内で自殺したとき、彼は55歳。事件から17年がたっていた。
 著者はC型肝炎から、肝がんになった。医師は「余命、半年」を宣告した。ところが、アメリカ発のサプリメントの効果で、ガンは消滅してしまった。
 人に出会い、人と胸を開けば、自分が見えてくる。そうしたら、自分にも非があったことを「詫びる」ことができる。そこから、「赦しあう」関係ができる。
 「被害者」になっても、「加害者」になっても、自分のその痛みを直視して、それを小突く者たちと闘って行くのだ。自分の痛みを自分で受けとめることができたら、相手の痛みを感じる神経も戻ってくる。
 それでも、人間は苦しみ、災害も事故も事件も繰り返され、加害の立場に立ったものは、赦されることのないその後を生き、被害を受けたものも、痛みの終わるときのないその後を生きていかなければならない。だから、被害を受けたものには、その痛みを伝え、その痛みを乗りこえていくことが許される。それが、被害者と加害者との決定的な違いだ。
 憎しみ続けることは苦しいことで、膨大な負のエネルギーが必要になる。少年は、それを抱えていく耐性が弱いため、そこから解放されたいという思いから、誰かに憎しみの感情を受けとめてほしいということになる。
 心身に傷を負った被害者が被害者として生きてくことの難しさをよくよく実感させてくれる貴重な本です。それでも、モノカキとして生きてきた著者は素顔を出して、私たちに語りかけてくれました。その勇気をもらって、元気になれる本です。
(2014年7月刊。1400円+税)

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