弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年4月28日

物語ること、生きること

人間


著者  上橋 菜穂子 、 出版  講談社

 「獣の奏者」、「守り人」シリーズの著者に長時間のインタビューをして出来あがった本です。モノカキ志向の私にとって、すごく刺激的な本でした。やはり想像力というのが大切なのです。そして、それは、幼いころの原体験がどれほど豊かなものであるかにもよると思いました。
 プロの作家は、お決まりの方程式を、いかに外すかを必死で考えている。
私にとっての当面の課題は、このお決まりの方程式をいかにして身につけ、展開していくのか、ということにあります。そして、さらに、本当の課題は、次にあるというわけです。
著者が幼稚園児のころ、白昼、おばあちゃんと一緒に歩いていたとき、「私、死ぬにが、こわい」と言った。おばあちゃんは、それに対して、こう答えた。
 「大丈夫、大丈夫。死んでも、必ず生まれ変わるから」
 おばあちゃんにそう言われると、そうか、大丈夫なんだ、死んでも、また、おかあさんの子どもになって、生まれてくればいいんだ。幼かった私は、そう思うことで、突然おそって来た死の恐怖から救われた。
 幼稚園のころエピソードをこんなに鮮明に覚えているのにまずは驚かされました。そして、この問答って、いいな、と思いました。やっぱり、人生における先輩は必要なんですよね。
 著者は、オーストラリアに渡って、アボリジニ(先住民)の人々に入って体験調査(フィールドワーク)をします。そこで得た体験が、著者の視野をぐーんと広げ、また深めたようです。
 物語を書きたいなら、ともかく、最初から最後まで書き終えること。はじめは起承転結を見つけるのさえ大変なこと。しかし、プロの作家は、そこにありきたりじゃない、自分だけの道筋を必ず見つけ出す。
 朝書いて、夜に書きはじめるとき、また読み直して、直す。そうやって、書いたところを繰り返し直していく。すると、そこから、また新しい根が出てくる。
 そうすると、あるとき、登場人物が何かを言ったのがきっかけで、次の展開が開けたりする。その物語を生きている人間たちが、その物語のあるべき姿を生み出していって、頭のなかで最初に想定してた形ではないところに連れていってくれる。
 私も似たような体験をしています。書きはじめると、自然に登場人物が動き出してしまうのです。止まりません。こう書いてくれよ、こんな流れにしてくれという感じで、それは止まらないのです。これって、本当に不思議な感覚でした。そんな思いで、私も、いま再び20歳代の気持ちに立ち戻って小説を書いてみたいという気分になっています。それにしても、この著者の多作ぶりには圧倒されてしまいました。
(2013年10月刊。1000円+税)

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