弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年1月28日

しんがり、山一證券、最後の12人

社会


著者  清武 英利 、 出版  講談社

 1997年11月、山一證券は自主廃業を迫られた。
 山一證券は1897年(明治30年)に「小池国三商店」としてスタートした老舗。日清戦争の「戦勝相場」に便乗して成長し、日露戦争から関東大震災、太平洋戦争へと、恐慌、好景気の大波の狭間で100年間、兜町の雄として在った。
 「人の山一」と呼ばれ、身分の上下に関係なく、社長以外は互いに「さん」づけで呼びあった。
 「社員は悪くありません。悪いのは我々なんですから・・・。お願いします。再就職できるようお願いします」
 野澤社長が泣きながら頭を下げる写真は全世界に配信された。
 後軍(しんがり)とは、戦に敗れて退くとき、軍列の最後尾に踏みとどまって戦う兵士たちのこと。後軍に加わった社員たちは、会社中枢から離れたところで仕事をしてきた者ばかりだった。
 証券会社では、人柄や倫理観よりも数字が優先する。人格的に少々問題があっても稼げる社員に稼がせ、出世させるという不文律で固められている。そうした空気に疑問を投げかけたり、上司に不正や疑問を直言したりすると、業務管理本部(ギョウカン)に追いやられる。
 「旗をとる」という言葉が山一證券にあった。営業ノルマを超えて優秀な成績を上げた支店は、「優績営業店」と呼ばれた。その営業店の支店長が半期に一度、本社に集められ、社長から表彰状と金一封、そして「第○期社長表彰」という刺繍の入った小さな旗を授与された。それを「旗をとった」という。
 旗をとるほどの成績を上げるということは、自分を追い込み、どこかで部下に無理をさせているということ。證券知識の乏しい個人顧客に株や投資信託商品を売り付け、勝手に売買を繰り返して売買手数料を稼ごうとする者が現れる。これを「客を痛める」と言った。ときには、「客を殺す」こともあった。
 これは、証券会社特有の恥ずべき体質だ。手数料収入を上げるために値上がりが予想されるときでも買いを勧め、ときには客に無断で売買して損させる。相手が悪く、ねじ込まれれば、損失補償する大口顧客なら、あらかじめ「ニギリ」という利益保証をしておき、どこかで儲けさせ、つじつまを合わせた。損失補填や利益保証は水面下の裏取引である。
 「仕切り販売」とは、証券会社が投資家の注文なしに大量の様式を買っておいて、組織的に何人もの顧客にはめ込む違法な営業手法である。よりわずかでも株価が上昇していれば「もうかる株がある」などと言って売り、すでに下落している株についても、知識の乏しい顧客に売りつける。
 野村證券の酒巻社長は総会屋の小池から「もうけさせてください」という要求をのんだ。
 当時の金融界のトップは、総会屋やフィクサーたちに自ら会うことが珍しくなかった。むしろ、彼らはうまくあしらうことが力量のうちと考えられていた。しかし、あしらうどころか、逆に要求をつきつけられ、トップと総会屋が癒着し、闇の勢力をさらに会社の奥深くへと引き入れ、不正や悲劇の連鎖を招いていった。
 「あんこ」とは、証券会社の儲けをそのまま顧客の口座に移す証券界の隠語。
 客にも受けさせる手口には、値上がりが確実な証券類を提供する方法と、もうけが確定した証券会社の売買益を提供する方法の二つがある。会社は、同調しない人間を排除する組織である。抵抗する者を中枢から追い出し、同調する人間を出世させていく。この「同調圧力」という社内の空気のなかで時には平然と嘘をつくイエスマンを再生していく巨大なマシンでもある。
証券会社が社内に異常がないかどうかをチェックするのが「監査」、特別に調べるときに限って「調査」と呼ぶ。役所側が実施するのが「検査」。
 山一證券が倒産したあと、優秀な山一社員を採用しようとする会社が殺到した。求人数は社員数の2倍以上、2万人をこえた。
握り(ニギリ)とは、法人顧客の資金運用に関して、取引を事実上、一任させてもらい、その代わりに一定の運用利まわりの獲得を強く匂わせる勧誘行為。握りを実行する証券会社の営業マンにとっては、巨額の資金を一任的に運用できることから、積極的な様式売買で多額の手数料収入を稼ぎ、優績営業マンとして人事評価を高めた。もちろん、証券会社は、これで大きな手数料収入を得た。
 握りは株価が永久に上昇し続けることを前提とする。株価が長期反落期を迎えると運用ファンドに損失が発生し、顧客法人の期待にこたえられなくなる。そこで、顧客法人と担当営業マンとのあいだに「約束を守れ」「守れない」といったトラブルが発生する。
 会社という組織をどうしようもない怪物にたとえる人は多い。しかし、会社を怪物にしてしまうのは、トップであると同時に、そのトップに抵抗しない役員たちなのである。
 山一の社長も会長も逮捕され、有罪判決を受けている。
 山一證券のあと始末の顛末記として興味深く読み通しました。
(2013年12月刊。1800円+税)

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