弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年12月 6日
占領から独立へ
日本史(戦後)
著者 楠 綾子 、 出版 吉川弘文館
1945年7月26日のポツダム宣言は、日本国政府の存在を前提とし、無条件降伏を求める相手を日本国軍隊に限定していた。
アメリカ政府は、天皇制を明確に保障はしないけれども、否定しないことで、「国体護持」が認められるかもしれないと匂わせる方法を選んだ。そして、日本の外務省は、このアメリカ政府の意図を正確に読みとった。
日本政府、そして軍では、だれもが「国体」だけは守らなければならないと信じていた。しかし、その意味するところまでは共有されていなかった。厳密に中身が定義されなかったが故に、「国体護持」という目標は、日本政府と軍内の合意形成に強力な磁力を発揮することができた。
突然の降伏決定にどう身を処してよいか分からない軍人たちに、ともあれ暴発させずに降伏を呑みこませるには、東久邇内閣の陸軍大将であり皇族という権威は有効だった。
マッカーサーは、1945年8月30日、厚木基地に降り立った。サングラスにコーンパイプといういでたち、丸腰で武装解除前の敵地に降り立ったのである。これも実は、先遣隊と一足先に着陸した第八軍司令官アイケルバーガーが入念に安全を確認した上での行動である。
映像を活用して自己を演出する才能において、マッカーサーはほとんど天才的だった。
東久邇自身は意欲満々だった。1920年代のフランスに長く遊んだ東久邇は、皇族のなかでは恐らくもっとも開明的な思想の持ち主だったと思われる。東久邇は、実にさまざまなアイデアを思いつき、実行に移そうとした。婦人参政権、貴族院の廃止、言論・集会・出版・結社の自由、特高警察の廃止、さらには民主的・平和的憲法の制定も考えた。
しかし、東久邇の発想は保守指導層の理解を得られなかった。政治に携わった経験のない東久邇首相は、自己の構想を政策という形に落としこみ、それを実行するために官僚機構を動かす術を知らず、また手段ももたなかった。
映像の活用、荘重なことばをちりばめたスピーチなど、突出した自己演出欲求はマッカーサーの特徴だった。
マッカーサーは、ワシントン介入には拒否反応を示すのが常だった。そして、マッカーサーの独断専行をトルーマン政権は、苦々しく思っていた。
マッカーサーの威厳ある振る舞い、もったいぶった表現や人を身近に近づけない態度は、日本人の考える支配者像にうまく合致した。マッカーサーは、日本国民の前に姿をさらすことは、滅多になく、会見する日本人は、昭和天皇と首相のほかはごく少数に限られた。そうして、日本国民の上に絶対的な支配者として君臨した。戦争に疲れ果てた日本人の前にマッカーサーは慈悲深い解放者を演じた。
天皇と天皇制をどう扱うかは、アメリカ政府にとってはまことに悩ましい問題だった。終戦直後のアメリカでは、天皇を戦犯として起訴し、天皇制を打倒せよという声が圧倒的だった。
天皇は揺れていた。日本の起こした戦争とその悲惨な結果について、制度上、法律上の責任はともかくとし、道義的責任は感じていたと思われる。
9月27日の第1回の天皇とマッカーサー会見によって、天皇と日本政府はマッカーサーが天皇を重視し、敬意をもって丁重に扱うという感触を得た、マッカーサーにとっては、占領政策の協力者を得たという点で、それぞれに有益だった。それ以降、マッカーサーは、天皇擁護の方針を鮮明に打ち出していった。
弊原や吉田茂のように、根本的・急進的な改革を嫌う保守層は、明治憲法の改正ではなく、運用の変更によって、自由主義的・民主主義的な政治・社会を実現することが適当かつ可能と考える傾向にあった。
1946年2月3日、マッカーサーがGHQの民政局に示した原則は三つ。第一に、立憲君主としての天皇制の維持。第二に、自衛戦争をふくむ完全な戦争放棄。第三として、封建制度の廃止。
戦後放棄条項は、天皇制の存置と日本の軍事大国化の阻止という二つの要請を同時にみたす、当時においてはほとんど唯一の方法であった。
吉田茂は、権力闘争をたたかう武器として公職追放を利用した。
マッカーサーと天皇の会見は11回に及んだ。それは毎回、天皇がアメリカ大使公邸にマッカーサーを訪問する形式で行われた。マッカーサーは最後まで宮中に行うことはなかった。マッカーサーは天皇を敬愛し、その協力を求めつつも、天皇をふくむ統治機構の上にマッカーサーが君臨していることを象徴的に示すスタイルを最後まで変えようとはしなかった。
終戦後の日本政治を詳しく、かつ多面的に分析した本として、興味深く読みとおしました。
(2013年9月刊。2600円+税)
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