弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年11月 7日

近代日本の官僚

日本史

著者  清水 唯一郎 、 出版  中公新書

私も高校生のころ、なんとなく漠然と官僚を志向したことがありました。官僚って、世のため、人のために何かしてあげることができるのではないかというイメージをもっていたからです。もちろん、今では官僚なんて、ならなくて大正解だったと思っています。いえ、官僚のなかにも心底から世のため、人のために何かをしようとしている人がきっといるとは思っています。でも、恐らく主流は、時の政権に迎合している人、むしろ政権にごまをすりつつ、政権を操作するのを得意にしているような人たちなのでしょう。私には、そんな役割はできませんし、したくもありません。かといって、非主流派で、悶々とした日々を過ごしてストレスから病気になるというコースにいるのも嫌ですよね。
 この本は明治維新のあとに誕生した日本の官僚システムを追跡し、解明した労作です。
 1868年(慶応4年)1月17日、新政府は、初めての人材登用策となる徴士制度を発表した。それは、諸藩の藩士はもちろん、在野までを含めた全国の有能な人材を発掘し、身分にかかわりなく登用するもので、行政各課の運営を担うとされた。徴士の俸給は新政府が支払うとし、月給500円という破格の待遇が示された。そして、参与として迎えられた。
 採用された徴士の大半は下級藩士であったから、同時に身分秩序の破壊でもあった。
 採用された徴士は600人以上。鹿児島、高知、福井、名古屋、広島、それに熊本、鳥取、宇和島、佐賀。それ以外では山口が突出し、岡山、金沢、大垣が多かった。
 明治政府を軌道に乗せたのは、元勲たちのもとで大量に登用された徴士たちだった。彼らこそ、新しい時代の要請によって生まれた維新官僚だった。
初めての官吏公選は、1869年(明治2年)5月に行われた。この開票には、明治天皇が立会した。
 6名の参与には、大久保、木戸、副島、東久世、後藤、板垣が当選した。官吏公選の真意は、諸侯の勢力を押さえ、維新官僚の政治的自由を確保して、その政策に正当性をもたせることにあった。
 1870年(明治3年)7月、大学南校についての布告が発せられ、全国から300人あまりの青年が皇居のほとりに参集した。
 年間170両という重い負担にもかかわらず各藩が青年を送り出したのは、他藩との競争意識からだった。人材輩出の競争におくれをとることは許されなかった。
 その一人に、宇和島藩の穂積陳重(ほずみのぶしげ)がいる。
 大学南校には、北は北海道の松前藩から南は鹿児島藩まで、全国261藩のうち259藩から310人が参集した。藩の代表という重荷を背負っての競争は落伍者を生んだ。とくに、年長者や家格の高いものに脱落が目立った。漢学の教養が深いものにとって、英語やフランス語の入門編があまりに幼稚にうつった。しかし、若い学生や身分の低い学生にとっては素直に新しい学問に向き合うことができた。6畳か8畳の相部屋で、押入の上段が書斎として使われた。
 1873年(明治6年)272人が政府派遣で留学していた。
 1873年(明治6年)の政変によって、内務省が誕生した。また、この政変のあと、官僚制度が変革された。
 そして、1885年、政府は太政管制を廃し、総理大臣を長とする内閣制度を発足させた。
 1888年(明治21年)の第1回の文官試験が実施された。原敬は、政党政治家になる前、15年ものあいだ官僚として腕をみがいていた。
 1893年(明治26年)、高等文官試験が始まった。10月1日の朝7時半に出頭した受験生は144人。9時45分に試験が始まり、10時半に終了する。迅速作文試験が5日間あり、これに合格すると、10月15日、本番の筆記試験が始まる。これが、4日間、続く。そして、口述試験が11月15日の朝7時半から昼まであった。
 高等文官試験の合格者は1893年の6人から、37人、50人、54人と順調に増加し、日露戦争(1904年)あとまでは50人前後で推移していた。
戦前の官僚たちは志があればこそ、政党に参加していった。しかし、その勢いはあまりに熾烈であり、政権の交代もあまりに頻繁であった。安定と連続をもって旨とする行政は、彼らが理想としたはずの政党政治によって幾度となく寸断された。その結果、彼らのあいだには、期待とともに政党政治への不信感が刻み込まれていった。政党政治への不信感は、その後、官僚出身者を中心とする政権を現出させた。政党政治の負の側面を記憶に深く刻んだ彼らは、近代日本の発展が政党と官僚の協働によってもたらされたことを忘却していた。
 政党と官僚は協働の関係にあるというのは、今も正しい観点ではないかと思います。
 官僚をまるでダメと言いつつ、実は裏で、こっそり官僚に操作されている自民党、そして過去の民主党政権の失敗をくり返してはいけないように、かつて官僚を志向していたこともある私は痛切に思います。
(2013年4月刊。920円+税)

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