弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年9月10日
目撃者
ドイツ
著者 エルンスト・ヴァイス 、 出版 草思社
麻生元首相が、ナチスがワイマール憲法を静かにナチス憲法に変えていった教訓に日本も学べと講話したことが大きく報道されました。
ヨーロッパをはじめ世界からはなんて非常識な発言だと糾弾されましたが、安倍内閣は本人がすぐ撤回したので問題なしとし、日本のマスコミもあまり騒ぐことはありませんでした。こうやって改憲への足慣らしがされていくのか思うと、寒気すら炎暑のなかで覚えてしまいます。この本は、まさしくヒトラーが政権を握るまでに起きたことがテーマとなっています。
この小説のすごいところは、ヒトラーが第一次世界大戦で負傷し、失明した兵士となり、精神科医による治療によって再び目が見えるようになったという実話をもとにしているところです。
1918年10月、ベルギー戦線でイギリス軍のガス攻撃を受けて負傷したヒトラー上等兵は、北ドイツの野戦病院に運び込まれた。患者をみたフォルスター医師は「ヒステリー症状を伴う精神病質者(いわゆる性格異常者)」と診断した。フォルスターは、ヒトラーに睡眠治療を施して、眼が見えるようにしたばかりか、「君は救世主キリストだ。ドイツを救うのは君しかない」と強烈な暗示かけて娑婆に戻した。そのあと、ヒトラーは、それまでとはまったく別人のようになって強烈なカリスマ性を発揮し、誰もが知るような独裁者への階段を駆け上がっていく。そして、ヒトラーの過去の秘密を知るフォルスターは1933年にナチスが政権をにぎると、ゲシュタポに狙われ、同年9月、追いつめられて自殺した。ところが、フォルスターは、自殺する前、パリに逃れ、そこでユダヤ系亡命作家サークルにヒトラーの診断書を託した。
この小説は、このときのヒトラー・カルテをもとにしているのです。
彼にとって、この戦争は大歓迎だった。彼自身を救うばかりか、世界を救うことでもあった。彼は、ウィーンで貧しい画家志望の学生だった。食い詰めたときには、建築現場でペンキ屋の仕事をした。彼は、路上生活者となり、ときどき「気のいいヤクザのあんちゃん」や、住む家のないさすらい人から、わずかばかりの小銭やパイのかけらを恵んでもらっていた。
ヒステリー性の失明に見舞われた人間の運命は、常に過酷きわまるものである。ひとに認められたいと望む、この男の自己顕示欲、自分は上だと思い込む自己陶酔、そして過激なエネルギー、こうした要素とこの男がかかえる苦しみをつなぎ合わせて、一筋の道を見つけ出し、それによってこの男を病気から救い出してやろう。運命をあやつり、神を演じ、そうして一人の眠れない失明者に再び視力と眠りを取り戻してやった。
悲しいかな、このころワイマール政府の頼みの綱は将校団しかなかった。というのも、本来、共和制を支えるべき労働者たちが、かたや保守・自由・ブルジョア派に、かたや革命・プロレタリアアート・インターナショナル派に分裂してしまい、一致団結して政府を支えようとしなかった。
この将校団のうながしにより、軍隊に所属する者たちには選挙権が与えられず、共和制党および革命政党の党員になることも禁じられた。あの偉大なる11月の無血革命は、将校団のあいだでは、ただの屈辱、敵前逃亡、敗れざるドイツの背筋に突き刺された亡者でしかなかった。
ひとは、容易にだまされてしまうものだ。
1923年11月の一揆が勃発した。国防軍は、Hの組織するこの反乱は、自分たちに有利に展開するだろうと信じていた。また、保守的なブルジョア層やフォン・カールのような高級官吏たちは、Hに資金援助してこれを影で支えていたが、彼らは能天気にも、この反乱が反革命を呼びおこし、古きなつかしき王家が復活するだろうくらいに思っていた。だが、Hの思惑は、まったく自分本位のものだった。だれもHは、そこまでやるとは思っていなかったし、恐らくH本人もそこまでやれるとは思っていなかっただろう。二度までも軌跡を起こすことになろうとは・・・。
ヒトラーの権力掌握の愚を日本でくり返しては絶対にいけません。その意味で、麻生元首相の講話は反面教師とすべきものと考えます。
(2013年5月刊。2800円+税)
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