弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年9月 9日
アムールトラを追う
生き物
著者 福田 俊司 、 出版 東洋書店
驚きました。ロシア・シベリアの大平原に生きるアムールトラを日本人、それも私と同じ団塊世代の写真家が追い続ける話なのです。なにしろ、冬の寒さは零下40度のシベリアです。そんな極寒のなかをアムールトラをひたすら追い求め、写真を撮ろうというのです。執念です。根性です。やわな気持ちではとてもできません。
いくら望遠レンズがあっても、それなりに接近しなければ、いい写真をとれません。でも相手は野生のトラです。接近しすぎて生命を失ってしまって何にもなりません。
ホッキョクグマにテントを襲われて亡くなった星野さんという写真家もいました。用心しなければいけません。
今は、自動撮影装置を使って至近距離から撮影することも可能です。この本にも、それによる素晴らしいアムールトラの写真が何枚もあります。
手のひらに乗せて、手に止まった野鳥にエサを与えている写真があります。不思議です。野鳥って、そんなに人間に慣れるものなのでしょうか・・・。
シベリア取材で注意しなければならないのは、防寒だ。マイナス20度で、ロシア帽の耳当てをおろさないと、耳が凍傷やられる。マイナス30度では、息を浅く吸わないと肺が痛くなる。マイナス40度では、毛細血管が凍ったように頬が強張ってくる。気温がマイナス40度以下になると、もう正常な感覚を失うから、ただただ寒いとしか言いようがない。恐ろしいのは、絶対温度と体感温度にひらきがあることだ。
防寒にダウンのジャケットやパンツは大変便利だ。しかし、長時間、ワイルドライフを持ち続けるなら、ダウン服には弱点がある。座ってダウンをつぶしてしまうと、空気の層がなくなり、いくら着込んでも、深々と冷えてくる。しかも、強風が吹き荒れれば、ナイロンの薄地からダウンにためこんだ温もりを容赦なく奪ってしまう。
極寒の地では毛皮にかなわない。なかでも、イヌイットたち先住民の衣服、トナカイの毛皮がすばらしい。トナカイには皮下脂肪がなく、皮を剥げば、すぐに赤身の肉だ。これで北極圏のきびしい冬を生き抜くのだから、その毛皮の保温力は抜群だ。トナカイ服はマイナス40度のブリサンドにも耐えられる。すこし重いけれどトナカイ服にまさる防寒を知らない。
帽子は、少し値段が張るけれど、クロテンのロシア帽が最高だ。クロテンは軽量で温かく、ミンクのようにヒンヤリせずに手触りがよい。ところが、北極圏では、グズリが最高とされている。クロテンの帽子だと、吐く息が耳当てに凍りついて頬が凍傷になるから。次にオオカミ、三番目にイヌが重宝される。下着はウールにかぎる。シルクは温かくて肌触りがよいけれども、汗をかくと、なかなか湿り気が抜けずに身体を冷やしてしまう。靴は、マイナス40度対応のライン製のバニー・ブーツが頼もしい。
ロシア人から見て、過剰と思えるくらいに念入りに準備すること。ここでは、人間の「根性」など、なんの役にも立たない。それよりも事前の情報収集と分析、日頃からの人脈づくり、十分な装備をととのえるなど、地道な努力が大切だ。そして、いざとなったら、いさぎよく撤退する。
自分が殺されることは相手の生き物を殺すことになるから、ネイチャー・フォトグラファーは臆病でなければならない。
アムールトラの襲撃事件は、いつも人間側が引きおこしている。惨事は、人間がトラを捕まえるときに発生する。
人間に撃たれて負傷したトラは逃亡する。トラは傷ついても人間を襲わない。人間がさらに追撃するか、不用意に近づいたとき、トラは反撃する。
トラが唸り声をあげて、人間に向かって前進しても、その威嚇行為は、人間を殺すためではなく、自分がここの主であることを誇示するためのもの。威嚇行動を攻撃と受けとってはならない。音と光で追い払うのが効果的だ。金属や木を叩く、銃を空に向けて撃つ。信号弾を足元に撃つ。あるいは発煙筒を焚くのが良い。ヒステリックな絶叫は、トラに自信を与えてしまう。
人間は落ち着いた行動で、トラに「下品な行動」を穏やかにたしなめながら、急激な動きをせず、前を向いたまま後退する。いかなるときでも、背中を見せて逃げない。逃げるとき、リュックサック、帽子、ジャケット、あるいは他のものを置いてくると、トラの興奮をそらすことができる。
興奮したトラが近づいてから立ち去って、再び引き返してきたら、本当に危ない。
しかし、人食いトラでなければ、程度の差はあっても、外傷ですむ場合が多い。そのまま横たわってじっと動かないことが大切だ。無駄な抵抗はケガを大きくするだけ。
ええーっ、そ、そんなことなんか出来っこありませんよね・・・。
トラを撃つときには、10メートル以内に引きつけて、初発弾で仕留める。第二弾を撃つ余裕などない。
メストラの初出産は4歳、15歳で繁殖能力は終わる。これに対して、オストラは15歳になっても繁殖能力をもつ。
メストラは子どもたちを暮らして、2年後に再び、赤ちゃんを生む。子どもを失ったら、1週間後に発情して、3ヶ月半後に出産する。年間を通じて、トラはいつでも繁殖できる。
海岸近くに撮影小屋をつくる。長さ2.3メートル、幅1.5メートル、高さ1.4メートルという狭さだ。この周囲に9千ボルトの静電気の流れる電気柵を張りめぐらす。高さは1.5メートル。まさかのときには発煙筒で対処する。
こんな狭い小屋に12月から翌年3月まで籠もっていたのです。すごいです。こんな好奇心と忍耐力の塊のような日本人のおかげで、アムールトラの素晴らしい写真を見ることができるのです。感謝、感謝です。
(2013年5月刊。2600円+税)