弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年5月21日

キャパの十字架

ヨーロッパ

著者  沢木 耕太郎 、 出版  文芸春秋

戦勝写真家として名高いキャパの写真「崩れ落ちる兵士」の真相を追求した本です。とても説得力があり、すっかり感嘆しました。
 推理小説ではありませんので、ここで結論をバラしてしまいます。あの写真はキャパが撮ったのではなく、パートナーの女性が撮ったものであり、兵士は撃たれて崩れ落ちたのではなく、足元の悪い斜面で足をとられてあおむけに崩れ落ちたのだということです。この点について著者は現地に何回も行って、見事に論証しています。たいしたものです。
問題の写真の舞台は、スペイン戦争です。共和国政府に対して、ナチス・ドイツなどが後押しするファシスト派が叛乱を起こし、結局、共和国政府は打倒されてしまいます。そのスペインの叛乱の渦中に起きた「出来事」(兵士の死の瞬間)が迫力ある写真として世界に紹介されました。
 そして、この兵士の氏名まで判明したのです。ところが、実は、この兵士は撃たれて死んだのではなく、キャパたちの求めに応じて演じていたのでした。
 キャパの本名はエンドレ・エルネー・フリードマン。両親はユダヤ系のハンガリー人。夫婦で婦人服の仕立て屋を営んでいた。そして、ナチス・ドイツが台頭してきて、フランスはパリに逃れた。そこで、同じユダヤ人女性、ゲルタ・タローにめぐり会った。このタローという名前は、岡本太郎にもらったものだそうです。当時、彼女はモンパルナスで同じ芸術仲間だったといいます。
 キャパの相棒だった、このゲルダ・タローは、1937年7月に共和国軍の戦車が暴走して事故死してしまいます。まだ27歳という若さでした。
 「崩れ落ちる兵士」は銃弾によって倒れたのではない。しかし、ポーズをとったわけではなく、偶然の出来事によって倒れたもの。そして、その場には2台のカメラがあり、カメラマンが二人いた。このあたりは、たしかにそうだろうと思えました。というのも、あの有名な写真のほかに、連続してとられた多数の写真があり、状況を再現することが可能だったからです。
 キャパは、ついにベトナムの戦場で地雷を踏んで死んでしまいました。アメリカのベトナム戦争の被害者になってしまったわけです。
 でも、その前、第二次大戦中のノルマンディー上陸作戦にも参加して、死にかけたのでした。戦場カメラマンというのは本当に危険な職業ですね。今の日本にもいますし、そのおかげで居ながらにして戦争の悲惨な状況を写真で知ることができるわけです。それにしても、キャパの写真をここまで執念深く追求したというのは偉い。つくづくそう思いました。
(2013年2月刊。1500円+税)

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