弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年5月14日

謎の独立国家リマリランド

アフリカ

著者  高野 秀行 、 出版  本の雑誌社

500頁もある分厚い本です。面白くなかったら読みとばそうと思って読みはじめました。すると、面白いのです。いやあ、フリーのジャーナリストって大変なんだねと感嘆しながら頁をめくるのももどかしい思いで読みすすめました。そしてアフリカのソマリアについての認識をすっかり見直しました。ソマリアといったら、モガディシオです。アメリカ軍がコテンパにやられてしまいました。その惨状は映画にもなりました(『ブラックホークダウン』)。今なお戦闘状態の絶えない怖い国というイメージがあります。ところが、そのソマリアには北の方にソマリランドという平和な国があるというのです。そして、日本の海上自衛隊が出かけた海賊の国プントランドの実態が突撃取材で明らかにされます。最後に、ついに著者はかのモガディシオにも潜入に成功するのでした・・・。すごく面白い本です。半日かけて一気に読了しました。
 ソマリランドで走っている車のほとんどは日本の中古車。清武温泉、弘前セレモニーホール、はくあい幼稚園などとボディに大書された車が走っている。丈夫な日本車がドバイ経由で輸入されている。日常生活で通用しているのはソマリランド・シリング。ソマリランドで印刷しているのではない。イギリスで印刷して空輸している。
 ソマリ人は根っからの遊牧民。遊牧民の生活をそのまま都市にもち込んでいる。
 ところが、ソマリランドの町のなかで銃を持った人間を見かけることはない。過去には内戦をしていたが、氏族の長老の話し合いで終結させ、武装勢力は武器を返上し、民兵は正規軍兵士や警察官に編入された。
 実のところ、家庭には銃はあるようです。それでも、町では銃声を聞くこともありません。
ソマリランド中央部は、一般の人でも十分安全に観光旅行ができる。1泊50ドル程度の清潔なホテルがいくつもある。そして、庶民の料理はびっくりするほど美味い。味がマイルドで、肉は軟らかく、火の通り方や塩加減、油の量など、何をとっても日本人の標準値に近く、日本的な味。ただ、ソマリア人は手づかみで食べる。
 ただし、車に乗ると、1日に少なくとも1回はパンクする。道路が悪いうえに、古タイヤを修理して繰り返し使っているから。
 ソマリランドは、朝のうちは仕事をするけれど、それは朝8時に始まって昼の1時まで。そのあと5時まで仕事はしない。じゃあ、そのあと何をしているのか?
 カート宴会だ。カートとはアラビアチャノキ。見かけは、ただの木の葉っぱだ。枝からむしって、若い葉や柔らかい茎の部分をばりばり食う。葉っぱだから、まずい。土埃もついている。しかも、胃から消化吸収するため、効き始めるのに30分以上かかる。効くまではがんばって食べなければいけない。やがて、体の内側から、とても懐かしい心地よさが広がってくる。体の芯が熱くなり、意識がすっと上にもちあがるような感じがする。
 お酒と違って、カートは意識の明晰さは失われない。そして、記憶を失うこともない。カートをやると、気が大きくなり恐怖心がなくなって、集中力が増す。だから、受験生にも人気だ。ドライバーもカートをかむ。眠くならず、集中力が持続するからだ。
ソマリランドの治安がいいのは、氏族の網があるおかげだ。掟を破ったら、氏族の網を通じて必ず捕まる。
 ソマリランドには何の産業もない。国を支えているのは、海外に住むソマリア人からの送金だ。毎月1人500~1000ドルを送ってくる。故郷の人に忘れられたくないからだ。
 成人男子の多くが毎日1ドル以上はカートに費やしている。海外からの仕送りの大半はカート代に消えている。このカートは9割以上がエチオピアからの輸入。ソマリランドは1日に3000万ドルも輸入している。
 世界最大のソマリ人コミュニティは、アメリカのミネソタ州のシネアポリスにある。そこにソマリ人が10万人は暮らしている。
 ソマリランドが平和なのは、何も利権がないことにもよる。牧畜しか産業はない。利権がないから、汚職も少ない。土地や財産や権力をめぐる争いも熾烈ではない。銃がないのに反比例して、言論の自由は広く浸透している。
 ソマリ人は、いくつもの国に分かれているが、ソマリ語はどこでも通じる。ただし、外国人には難しい。ソマリア人は、人なつっこさゼロ。ソマリ人は絶対に自分を安売りしない。安いカネで働くなら、何もしないほうがマシと考える。
 ソマリランドは選挙を実施し、野党が勝利すると、与党が受けいれた。民主的な政権交代が実現した。
 ソマリア・シリングはソマリアが無政府状態になっても通用している。これは経済学の常識を越える事実だ。
 海賊は基本的に個人がやるもの。カネを出した人間は経費一切を負担する代わりに身代金は全額もらう。海賊が人質を傷つけることはまずない。ソマリの掟で、捕虜に暴力をふるうことが禁止されているから。身代金は人質に対してではなく、積み荷に支払われる。
モガディシオは、完全民営化社会。政府はなく、すべて氏族が支配している。携帯と送金の会社は襲われない。モガディショは、トラブル全般が基幹産業になっている。だから、誰も真剣にトラブルを止めようとはしない。
内戦を止めるために、敵対する氏族が娘20人ずつを交換した。美しい娘を選んで送り出す。初めのうちはいじめられていても、子どもが産まれると変わる。両方にとって孫になるから。なーるほど、そんな解決法もあったのですね。
ソマリランドに行ってみたくなるような面白さにあふれた本です。一読をおすすめします。
(2013年3月刊。2200円+税)

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