弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年3月20日

仲代達矢が語る日本映画黄金時代

社会

著者  春日 太一 、 出版  PHP新書

仲代達矢は今の日本の状況を真剣に心配しています。原発を今なお推進し、金持ち優遇をすすめる政治ではまずいと本気で考えているのです。たいした役者だと改めて見直しました。
 その仲代達矢が自分の俳優生活を振り返り、若い映画研究者に思う存分に語っています。ですから、この本が面白くないはずがありません。
 とりわけ映画『人間の條件』の製作過程の話は壮絶の一言に尽きます。まだ20代の若さだったから、そんな無茶がやれたのでしょうね。
 なにしろ、1週間で6キロやせるため、メシを食べない、また寝てもいけないというのです。そのうえ、氷のはっている川に落ちる、戦車の下をくぐらされる、底なし沼のような湿地帯の中に入ってバチャバチャやらされたというのです。監督が悲惨な戦争体験者なので、その実感がリアルに再現されていったというわけです。改めて、『人間の條件』を見てみたいと思いました。
 『椿三十郎』のラストに、決闘シーンがある。一瞬の居合いで斬りあった瞬間、仲代の心臓から大量の血糊(ちのり)が噴き出す。
 衣装の胸元に管を付けられる。小道具さんが地面に埋め、その先にはボンベが並んでいる。このボンベから管を通して血糊がワッと出る。周囲の人には、その仕掛けは事前に知らされていないので、呆然と驚いている。リアリティーがあった。いやはや、すごい仕掛けですね、これって。驚きますよ。
 各女優と言われる人は、小さな幸せ、小さな家族、そういうものを求めない。だから、名女優の人生はそれだけ壮烈なものになる。本当の女優はいい意味でわがまま放題、これだけ自己主張したら、みんなに迷惑がかかるとか、角(カド)が立つなんて考えない。
 山本薩夫監督は社会正義の人。しかし、イデオロギーを抱えながらも、エンターテイメントの部分も非常にうまい。そして、仲代に対しては、ほとんど注文をつけずに、思うとおりにやらせた。
 小沢栄太郎は、おしゃべりになれと教えた。役者は軽薄とみられてもいいから、ふだんからおしゃべりになれというのだ。
 六本木にある俳優座に通う電車のなかで、仲代は、恥ずかしいけれど、「私はこういう俳優の卵なので、これからセリフを言うので、聞いてください」と叫んだ。それを2年ほど続けた。そうすると、口の周りが速くなって、小沢さんから、5年目にして、「ようやくしゃべるようになったな」と認められた。
 役者稼業の大変さが実感でひしひしと伝わってくる本でした。

(2013年2月刊。780円+税)

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