弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年3月11日
織田信長
日本史(戦国)
著者 池上 裕子 、 出版 吉川弘文館
織田信長研究の最新到達点を明らかにした本です。といっても、それほど目新しい内容があるわけでもありません。
信長は美濃を平定して上洛の条件がととのったとき、「天下布武」の印判を用いはじめた。永禄12年(1569年)、元亀元年(1570年)のころ。この「天下」は、日本全国を意味するものではない。京都に隣接する諸国と五幾内のこと。
元亀3年(1572年)9月、信長は比叡山焼討ちを敢行した。山下の坂本から根本中堂をはじめとする山上へと放火・殺戮を尽くした。3,4千人は伐り捨てたという。
この比叡山焼討ちは、古い体制を象徴する宗教勢力を否定するという目的のために破壊・殺戮したのではない。信長に味方せず、敵方を利して、信長を窮地に陥れたから、敵を徹底的に破壊する信長流の報復戦をした。もちろん、そこには計算があった。天皇と都の鎮護を担って公武の手厚い保護を受け、信仰の対象でもある比叡山でさえ容赦なく攻め滅ぼすというメッセージである。これを見て、わが身の存続をひたすら願う天皇・公家らは信長の機嫌を損ねないように努めるしかないと考えた。
信長は比叡山を焼討ちし、本願寺と戦い、寺院勢力を自己のものに服属させようとした。しかし、仏教を否定したわけではない。
天正3年(1575年)、信長は積極的に朝廷官位の中に身をおく道を選んだ。11月4日、昇殿して徒三位権大納言に叙任され、7日には右大将に任じられた。かつて、源頼朝も武家政権の樹立にあたって権大納言と右大将に任じられている。すでに指摘されていることだが、信長はそれにならったと思われる。
信長は天皇・朝廷を否定せず、それから官位に叙任される形をとり、天皇・朝廷を支えてきた公家寺社に新たに知行地を与えて、その経済基盤を保障する政策をとった。
信長は朝廷を否定しなかった。天皇・公家も寺社関係者も信長に願いはするが、信長の機嫌を損ねないように気配りをかかさないし、天下の構成要素になっている。彼らは信長にとって何の障害にも不利益にもならないどころか、利用価値があった。信長は彼らを温存し、利用して天下静謐を実現しようとした。彼らを否定して、あるいは彼らから完全に独立して政権を樹立できるとは考えていなかった。
信長の築いた安土城の最上階の七重目(6階)は、三間四方の狭い空間であるが、徳のある理想的な皇帝・学問の世界を代表する孔門十哲、知徳を備えながら世俗の利益・名誉を求めない賢人、これらをみずからの居所の最上階に配し、聖なる空間とした。信長の王権構想は、日本と天皇とを超えんとするところにあった。
信長は中国を強く意識し、中国的世界をとりこみつくろうことで、天皇と将軍とは異なる地平に立つことを示そうとした。
信長は天皇を安土に行幸させ、この御幸の間に迎えようとした。それが信長の居所である天主よりずっと低い所に建てられたことに意味がある。平地の少ない山に天主を頂点にヒエラルヒを明示する目的でもって築かれた安土城は、天皇にも天主を仰ぎ見せようとしたもの。
信長の本心では、実質的に自己を天皇の上に置いていた。信長は、安土城と城下町を描かせた屏風を、見たがる天皇の求めには応じずに、宣教師ヴァリニャーノに与えた。自らの偉業をヨーロッパ世界に知らしめたいと考えたのだ。
私と同じ団塊世代の著者の手になる本です。信長の全体像をコンパクトに知ることができる本です。
(2012年12月刊。2300円+税)
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