弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年2月23日
幕末維新変革史(下)
日本史(江戸)
著者 宮地 正人 、 出版 岩波新書
幕末、ハリスは老中首座の堀田正睦(まさよし)に次のように警告した。
「平和の外交使節に対して拒否したものを艦隊に対して屈服的に譲歩することは、日本の全国民の眼前に政府の威信を失墜し、その力を実際に弱めることになる」
これは、9ヵ月後、現実に転化した。第二次アヘン戦争に大勝した英仏連合艦隊の江戸湾来襲の恐怖は、何とか回避しようとした公武合体の分裂を幕府と井伊大老に余儀なくさせ、無勅許開港路線の軌道に進入せざるをえなくさせた。外を立てれば、内は立たず。征夷大将軍は国内のみならず対外的にもその実を示さないならば、何が「武職」だとの孝明天皇と朝廷の怒りはサムライと民衆の不満の期せざる受け皿となった。
慶応元年(1865年)ころ、日本の一般民衆は、薩英戦争・下関戦争・条約勅許という三度の欧米列強による軍事的威圧への屈従のなかで、幕府と朝廷への不信感を募らせていき、国内の一致団結、内戦回避を求め、正義藩長州へ熱烈な声援と支持をおくった。このころ、朝廷に権威はなくなった。第二次長州征伐の慶応2年(1866年)夏は、未曾有の都市打毀しとし世直し一揆のときであった。戦争と民衆蜂起は表裏一体の関係をもっていた。
ペリーが来航したとき、旗本だけで5000家以上あった幕臣のなかでオランダ語原書を読めたのは、ほとんど皆無だった。そのなかに自らすすんで蘭学を学ぼうとしたのが勝麟太郎であった。勝の能力と見識を見抜いたのは上役ではなく、商人たちであった。商人は勝のパトロンとなった。
勝は、商人たちとの交流のなかで日本の全国的まとまり、日本民族と民族的利害というのを、幕府とは別のものとして認識するようになった。勝は長崎での5年におよぶ海軍修練のなかで、オランダ語ができるおかげで教師のオランダ海軍士官たちと差しで人間的につきあうことができ、そのなかで市民革命を経て市民社会に生活するヨーロッパ人の人間としての豊かさと幅の広さを痛感した。「西洋人は人間が広く、日本人は人間が狭い」という日本人論は死ぬまで変わらなかった。そのうえ、勝は、島津斉彬と親交し、それが貴重な財産となった。
アヘン戦争(1840~1842年)における大清帝国の大敗と香港割譲は、朱子学に対する日本知識人の確信を大きく動揺させた。しかも、仏教の祖国、西方浄土の地とされたインド全域がイギリスの植民地となってしまったことも、この時期までに日本人の共有知識となっていた。
軍事的威圧を受けての無勅許開港という異常な歴史段階に入った日本において、朝廷と幕府のどちらが国家の最終意思を決定するのか、という国家論の問題が日本人全体の前につき出された。サムライ階級だけの問題にとどまらなくなったのである。
ガーン。このような視点で幕末を考えるべきなのですね。著者は、歴史過程は決して結果から見てはならないと強調しています。そうなんですよね。でも、ついつい結果から見てしまいますよね・・・。
幕末の戊辰戦争のなかで会津藩とともに徹底抗戦を貫き、一度の敗北もしないまま最後に降伏した庄内藩は、まったく削封のないまま東北戦争後の戦後処理を乗り切った。戦闘に強いことは、なによりも戦う相手の将兵に感銘を与え賞賛の気持ちを生じさせる。恩義の念をいだいた庄内士族のなかに西郷崇拝者が続出したことも、サムライの世界にあっては何ら不思議なことではない。
新政権の成立とともに攘夷がおこなわれるだろうとの圧倒的多数の日本人の思いを前提条件として外交の舵取りをしなければならない立場の新政権は、なによりも旧幕府と同じだ、という非難を恐れた。
江戸無血開城後は新政権のもとで全国統治ができるだろうという新政府の楽観的見通しは、早くも4月段階で崩れてしまった。東北に至る地方で内戦が拡大し、内戦での勝利が至上命題とならざるをえず、積極的な外交展開が不可能となった。外交の試みが開戦されるのは、12月に入ってからであった。
幕末・維新期の日本の動きを重層的にとらえた本です。この時期の視野を広く深くするものとして、関心ある人に一読をおすすめします。
(2012年10月刊。3200円+税)
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