弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2013年1月30日
治安維持法
日本史(現代史)
著者 中澤 俊輔 、 出版 中公新書
稀代の悪法と言われる治安維持法は戦前の軍部独裁政治のなかで規制されたものではなく、実は護憲三派内閣のときに成立したものでした。なぜ、そんなことになったのかを考えてみた本です。
ファシズムは、初めのうちはフツーの人間の顔をして近寄ってくるものなんですね。そして、その仮面の下のホンモノの怖い顔が現れたときには、もう手遅れなのです。
治安維持法は、1925年、護憲三派の連立政権である加藤高明内閣のとき、「結社」を取り締まる法として成立した。なぜなのか?
治安維持法の主管官庁は、内務省と司法省だった。内務省は、行政処分と重複する新しい取締法を設けることに消極的だった。内務官僚は、貧困や労働問題といった社会の矛盾を柔軟に受けとめようとした。
明治政府の元勲・伊藤博文は1900年、立憲政友会を組織した。政友会は「万年与党」だったが、その成長の裏には原敬の内務省支配と利益誘導政治があった。
ところが、1921年(大正10年)11月、原敬が暗殺され、政友会は突然にリーダーを失ってしまった。カリスマ亡きあとの政友会は内紛をかかえた。
憲政会は「思想善導」を政策として打ち出し、内務官僚に人脈を築いていた。しかし、司法省には独自の人脈を築けなかった。
立憲国民党は、犬養毅を総理として1910年に結成された。弁護士やジャーナリストが集まる、リベラルな性格を持っていた、犬養は、言論・出版・集会の自由を主張した。1922年に解党して革新倶楽部として再出発した。
治安維持法を制定した加藤高明の護憲三派内閣は、政友会・憲政会・革新倶楽部の連立政権として誕生した。
1900年の治安警察法は万能であったが、結社の禁止処分はあくまで行政処分であって罰則ではないという限界があった。
1922年(大正11年)、政友会を与党とする高橋是清内閣は過激社会運動取締法案を閣議決定して国会に提出した。しかし、廃案となった。第一に、学者・新聞・言論人が反対した。第二に、与党が反対した。政友会の内紛も無視できない。第三に、主管官庁の司法省と内務省の歩調があわなかった。第四に、貴族院が反発した。司法省は、宣伝ではなく、結社を罰することで個人の言論活動には深く立ち入らないというスタンスを示そうとした。内務省は、ソ連とコミンテルンを警戒したことから、治安維持法の制定に賛成した。
国会での審議を通じて、治安維持法が「宣伝」取締法ではなく、「結社」取締法として成立したことには言論の自由を重視する憲政会の意向が反映されていた。
成立した治安維持法の問題点は次のとおり。
第一に、文言があまりにも漠然としている。「団体変革」は、融通無碍(むげ)に拡大適用された。
第二に、暴力や不法行為の実態がなくても処罰の対象となることは、結社の自由な活動を萎縮させた。
第三に、法成立時に「団体変革」を目的とする結社は存在していなかった。その結果、治安維持法は、次第に本来は対象外である「宣伝」へ適用を広げた。
1928年3月15日、共産党員への一斉検挙が行われた。全国で1000名が逮捕されたが、起訴されたのは488名だった。押収された党員名簿によると、逮捕された党員は409名のみで、検挙者の4分の1にすぎなかった。
1928年4月、治安維持法が改正された。目的遂行罪を導入し、死刑を法定刑の上限にふくめた。
1929年4月16日、共産党への一斉検挙で700名が検挙された。
1928年10月から始まった陪審制では、治安維持法違反事件は対象外とされた。陪審員が共産党の影響を受けることを恐れたためである。
治安維持法違反の検挙者は1928年から40年までに6万5000人をこえた。1931年から33年までに3万9000人であった。そして、そのうち起訴されたのは5400人ほど。検挙者の9割は起訴されなかった。
若手の学者によって治安維持法の実態を知ることのできる本でした。
(2012年9月刊。860円+税)
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