弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2012年12月18日
戦場へ征く、戦場から還る
日本史
著者 神子島 健 、 出版 新曜社
日中戦争、15年戦争に駆り出された兵士たちを描いた火野葦平、石川達三などの小説を手がかりとして、兵隊になることの意味を考えた本です。500頁という若手学者の意欲あふれる大部な研究書です。
多くの日本人にとっての戦争とは、あくまで故国から遠く離れた場所で起こる事件と認識されていた。これは、アメリカにとってのイラクやアフガニスタンでの戦争と同じですよね。
兵隊作家と呼ばれた火野葦平は軍部による言論統制の最前線にいた。自らの作品が直属の上官から検閲を受けたばかりか、報道班員として新聞記者たちの記事を検閲する側にも立った。軍の報道部の制限は、
① 日本軍が負けているところを書いてはならない。
② 戦争の暗黒面を書いてはならない。
③ 戦っている敵は憎々しく、いやらしく書かねばならない。敵国の民衆も同じ。
④ 作戦の全貌を書いてはならない。
⑤ 部隊の編成と部隊名を書いてはならない。
⑥ 軍人を人間として書いてはならない。小隊長以上の軍人は沈着冷静な人格として描かなければならない。
⑦ 女のことを書いてはならない。
というものであった。
ストレスによって兵の志気が下がったり訓練に支障があっては軍も困る。そのため、兵営でも戦地でも、兵士たちの士気を再生産する必要がある。日本軍においては、それは基本的に酒と「女」の二つだった。日本軍は、兵士たちへの慰安として政敵搾取の対象としての「女」しか与えなかった。だからこそ、「慰安所」という言葉が、一般的な娯楽ではなく、性奴隷のいる場所に対して使われた。命令に服従し続ける兵士にとって、女性を「抱く」という行為は、主体性を回復するという幻想を味わうことのできる行為であった。
虐殺体験のある日本兵は帰国してから、その体験を語ろうとしない。それは、語れば、必ず平和な日常から異常な過去の戦場に連れ戻されるから。
家には、血の感覚からあまりに遠い家族がいる。その記憶によって、自分が支配されてしまう。そうした事態を避けるためには、事実をたんたんと語る方法をとらざるをえない。罪悪感を感じていないというより、罪悪感を必至に麻酔されていると考えた方がよい。
兵士の一挙手一投足まで厳しい軍紀で管理しようというのは、基本的に日本軍が外征軍であったことに起因する。
あれだけの力を持った旧帝国陸海軍が敗戦によってごくあっさり解体されたのは、ほとんどの兵が主体的に武器をとっていたのではないことを意味する。なーるほど、そういうことでしょうね。
内部では降伏文書に軍が調印する前に、少なからぬ兵士たちが故郷へ帰り始めた。これは、本当は脱走罪に該る行為である。軍内部から崩壊が始まったのである。
日本が降伏したとき、日本の総兵力は720万人。陸軍が550万人(内地に240万人、外地に310万人)、海軍170万人(内地に130万人、各地に40万人)。
1945年9月末に内地部隊の8割以上の復員が終了し、10月末までに完了した。
ちなみに終戦時に朝鮮出身の軍人・軍属は24万2千人,
台湾出身は20万7千人だった。敗戦時に海外にいた日本軍人は350万人(中国大陸に200万人)、彼らが日本に再統合されていったのが、戦後の日本社会である。
火野葦平は若松の沖仲士(ごんぞう)の新分の息子である。早くから文学に興味をもち早稲田大学英文科に入学した。そして、徴兵されて福岡歩兵24連隊に入った。そこで、マルクス・エンゲルスなどの著者をこっそり読みはじめた。それが発覚したものの中隊長の好意で憲兵隊送りにはならなかった。兵隊に入っているうちに、父親が勝手に大学に退学届けを出していたため、早稲田大学は中退となった。
1930年ころまでは、火野がその一人であったように、軍隊内でもマルクス主義が根強い支持を得ていた。
戦前の日本では、戦争に批判的な人々のあいだでは、特定の人への信頼が崩れるだけでばく、他者への信頼そのものが危惧にさらされた。危ないと見なされるかつての友人とのつきあいを避けつつ、世間的には危険とは見られない人々と、内心はどうであれ、戦時社会のタテマエのなかで当たり障りのない会話をするようなつきあいばかりになっていった。それは常に自分自身の内面をさらけ出さないような意識を保つ必要があることを意味する。
再び日本がこんな社会にならないように頑張らなくてはいけませんよね。大変な労作だと思いました。
(2012年8月刊。5200円+税)
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