弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2012年12月 7日
天が崩れ落ちても生き残れる穴はある
朝鮮(韓国)
著者 李 貞順 、 出版 梨の木舎
韓国に生まれ、日本で育ち、今はアメリカに住むコリアン女性のたくましい半生記です。1942年生まれの著者は、終戦前の静岡の大空襲の記憶があるとのこと。3歳になったばかりです。空が真っ赤になり、防空壕に入ったとき、中学生の叔母が泣いていたのを覚えているといいます。
この夜の空襲によって静岡市は廃墟と化し、24人の市民が死んだから、3歳の幼児に鮮明な記憶が残ったのだろう。
戦後、著者一家は韓国に戻った。ところが、まもなく(1950年6月25日)朝鮮戦争が始まった。そのとき8歳で、小学3年生だった著者の父親は、その前に日本へ仕事しに行っていた。そして、著者たち残された一家も再び日本に渡ることになった。1953年8月のこと。密航船で対馬の無人島に着いた。何とか博多にたどり着き、神戸に落ち着いた。
やがて、東京に移り、朝鮮中高級学校で学ぶようになった。そのとき、帰国運動が起きた。東京朝鮮高校の優秀な生徒たちのほぼ全員が北朝鮮への帰国戦意乗ることを志願した。進学を保障し、就職を保障すると約束する祖国の北朝鮮は、生徒たちにとって輝かしく魅力的であった。
著者は、卒業する1年前に、行進の練習や自己批判会や抗日パルチザンの回想記にうんざりしていて朝鮮高校を中退していた。それがなければ、きっと地上の楽園である祖国・北朝鮮への帰国という巨大な台風の虜となって、ともに新潟港から北朝鮮に向かっただろう。
このとき、老人も壮年も若者も、在日同胞の多くが巧妙な政治宣伝の虜となり、一方では在日朝鮮人の一を減らしたい日本当局の思惑も巧みに働いていて、10年間にほぼ10万人の在日同胞そして日本人配偶者が北朝鮮に渡った。それは在日同胞の6人に1人の割合だった。
自由意思とはいえ、宣伝でつくりあげた幻の祖国を求めて、かくも大量の人間が北朝鮮に渡ったことは、在日朝鮮人にとってやるせない戦後史の一章である。
そして、韓国は朴正熙大統領の軍事独裁制によって、経済的には立ち直りつつあったが、その代償のように国民の人権は抑制されていた、北への幻想に目覚め、荒れ狂う南の反共法に嫌悪する著者たちはアメリカに仕事を求めて渡った。
アメリカで韓国人と付きあうとき、在日同胞に対するかすかな蔑みの気持ちを感じることがあった。本国でくいつぶして日本に渡った無知な人々とその子孫。ろくな仕事ももたず、パチンコ屋をして金持ち面をして・・・など。そして、1960年代、アジアの人々からエコノミックアニマルと言われた日本人に対する反感を日本に住む在日の同胞にも向けていた。強弱の度合いはあるが、「韓国人のくせに、韓国語もろくに話せない」と在日同胞の韓国語をわらった。日本で生まれ育ち、日本人と同じ教育を受けた多くの在日韓国人にとって、韓国語を流暢に話すのがどれほど難しいか想像できない韓国人エリートの卵たちがいた。
著者と同じ同年配の、アメリカに住むベトナム人がこう言った。
「あなたは、国籍イコールその国への愛国心または民族への愛着と思っているのでしょう。私は愛国心を振りかざして殺し合うのを私の国で見てきたわ。もし選べるとしたら、自分に最大限の保護と利益を与える国籍をとればいいのよ。あなたが、どこの国籍を持っていても、自分の民族や文化への愛着を持つのを妨げないでしょう」
この本の最後に、著者の東京朝鮮中高校時代の恩師である李進熙先生が登場するのに驚きました。その『広開大王陵碑』の研究は私も読みましたが、その斬新かつ鋭い問題提起に大変な衝撃を受けたものです。
学問的な研究がすすみ、「帰化人」という言葉が消えて、「渡来人」という言葉がつかわれるようになりました。なるほど、そうですよね。中国大陸、そして朝鮮半島のほうが当時の日本より断然文化レベルが上だったのですからね。
シルクロード沿いの小国や数ある南方の少数民族が歴史のなかで次々と消えていくなか、中原からすぐにも手の届く距離にある李氏朝鮮のような「崇文」の弱小国が漢民族の胃袋にも飲み込まれず、コブにもならず、清朝が滅びることまで存続できたのはなぜなのだろうか・・・。
朝鮮民族のしたたかな自民保存性と強烈な自意識のせいだろう。しかし、それは、朝鮮民族だけの特性でもない。
日本、韓国そしてアメリカの三国でたくましく生き抜く朝鮮人女性に圧倒される思いでした。
私の尊敬する先輩弁護士である内田雅敏氏より贈呈されて読みました。遅くなりましたが、お礼を申し上げます。
(2012年10月刊。2000円+税)
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