弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年10月11日

続・アメリカ医療の光と影

アメリカ

著者   李 啓充 、 出版   医学書院 

 アメリカで、なんら医療保険を有しない無保険者が年々増え続けているのも、「負担の逆進性」が医療保険制度の隅々に張りめぐらされていることが大きな原因。
 つとめていた企業をレイオフされたり病気で失職すると、収入が減るだけでなく、保険料負担に耐えかねて、無保険者になってしまう。
 医療保険制度を市場原理で運営したとき、弱者が容易に切り捨てられ、無保険者となってしまう事態は避けられない。弱者の典型は、高齢者・障害者・低所得者であるが、これらの弱者が医療へのアクセスを拒否される事態を放置したら、社会そのものの存立が危うくなりかねない。
 「アメリカの医療は世界一」というイメージとは裏腹に、ことアクセスに関しては、アメリカは先進国中で最悪である。無保険者が国民の7人に1人(4600万人)という現実は、それだけで悲惨だ。
 国民の6人に1人といわれるメディケイド被保険者(5000人)を潜在的無保険者として数えると、アメリカでは実に国民の3人に1人が無保険者あるいは潜在的無保険者になっている。
 アメリカが公的医療保険の運営に投じている税額は国民1人あたり年額2306ドルに上り、これだけで日本の一人あたり医療費総額2130ドルを上回る。
 アメリカの「2階建て」医療保険制度は、社会全体としてべらぼうに高くつく制度となっている。医療保険制度を市場原理に委ねることの愚かさは明らかである。
 1970年の段階では、カナダもアメリカも医療費支出はGDPの7%ほどで同じだった。しかし、国家として「公」の医療保険制度を整えてきたカナダが、現在、GDPの9%しか医療費に支出していないのに対し、頑迷に「民」の医療保険制度を保持しているアメリカはGDPの15%を支出するまでになった。しかも、カナダでは、国民の医療へのアクセスが完全に保証されているのに対し、アメリカでは国民の7人に1人が無保険者であり、「公」と「民」の医療保険制度は、21世紀の今、完全に明暗を分けている。
だから、GMなどアメリカの大企業のホンネは、ヨーロッパやカナダ、日本のような「公」の医療保険制度をアメリカにもつくりたいというところにある。
 しかし、それを拒んでいるのがアメリカの保険会社である。市場原理の下で、アメリカの保険会社は、健常者を優先的に保険加入させる一方、医療サービスの質と量に厳しい制限を課す「利用審査」とか、患者の受療意欲を削ぐためのあの手、この手によって「医療にお金を使わない」ことに全力を傾涙している。
 アメリカの民間保険に個人で加入したときの保険料は、たとえば年間160万円と、日本では考えられないような高額なものとなる。それでも、保険料が高くても加入できればまだいいほうで、既住疾患を理由に保険会社が加入を断ることを認めている州のほうが多い。たとえば、子どもがニキビで高価な抗生物質を使用したことが「既住疾患」にあたるとして、家庭全体の保険加入を断られる例が続出している。
 ところが、その一方で、保険会社のCEO(経営者)には、220万ドル(2億2000万円)のボーナスを払っている。日本の財界も同じシステム、超高給とりを実現しつつありますよね。労働者の非正規雇用を増やして、自分だけはいい思いをしようというのです。
 アメリカの50歳以上の壮・高年層は全人口の4分の1を占め、その半数3500万人がAARR会員である。このAARRが巨大なパワーをもって医療や年金を守っているアメリカの団塊世代に比べて、学生時代をヘルメットをかぶってゲバ棒をもって暴れ回っていた日本の団塊世代は、自分たちの命を守るべき医療がおかしな方向へ向かっていることに、なんでこんなにおとなしくしていられるのか、不思議でならない。
そうなんです。今こそ私たち団塊世代は怒りをもって声をあげ、行動に移すべきです。かつてのように首相官邸を大きく取り囲むべきでしょう。
 最後は、池永満弁護士との対談でしめくくられています。アメリカのように日本はなってはいけないと痛切に思いました。
(2009年4月刊。2200円+税)

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