弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年9月 1日

宗谷の教育合意運動とは

社会

著者    横山幸一、坂本光男 、 出版    大月書房 

 8月はじめに宗谷、稚内に行ってきました。この本に紹介されている地域ぐるみの教育実践の今を知りたいと思ったからでした。
宗谷の教育合意運動が始まったきっかけは、1963年から65年の3年連続して襲いかかった宗谷管内の冷害、凶作、不漁という史上最悪の悲惨な出来事である。
 そして、1961年に強行実施された全国一斉学力テストもある。
当時の組合員の組織率は70%を割るという厳しい状況にあった。今なら、ええっ・・・。70%もの組織率だったのか・・・という反応ですよね。
このころ、教師が署名を求めて地域に入っていくと「先生方は国定忠治だ。自分たちの要求署名のときには山(学校)からおり、あとは出てこない」という不満を父兄からぶちまけられた。
地域の父兄からは、ストライキをしないでほしい、何か他の方法はないのかと問いかけられた。うむむ・・・とても難しい問いかけですよね。
 1967年、北海道教育委員会は、森下幸次郎校長を免職処分した。森下校長は、1961年の全国一斉学力テストのとき宗谷教組の支部長として反対闘争の先頭に立ち、しかも校長として自ら学テ実施の職務命令を返上してたたかった。そして、ながい闘争の結果、1973年に校長として62歳のとき完全復帰した。宗谷の教師の顔に明るさがよみがえった。
 宗谷の教育関係者の合意が成立したのは1978年11月のこと。宗谷校長会、教頭会、教育委員会連絡協議会そして宗谷教組の四者が憲法と教育基本法の理念にもとづき相互に協力しあうことを合意した。
 宗谷の教育運動は、どんな場合でも、住民の意思をたしかめあう、学習宣伝、署名の運動を基本にすえてきた。
 宗谷では、子育ては教師育ち、親育ちからを合い言葉とし、とりわけ教師育ちを重視して学校ぐるみ、地域ぐるみの実践と研究を統一しつつ取り組んでいる。
この本は今から20年以上も前の1990年に発刊されていますが、今なお地域ぐるみの教育実践が地道に続いていることを稚内の現地で目の当たりにして心が震えるほどの感動をおぼえました。
(1990年5月刊。1500円+税)

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