弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年9月25日

ミッドウェー海戦(第2部)運命の日

日本史

著者   森 史朗 、 出版   新潮選書  

 下巻の冒頭は、日米両空軍の航空線の模様が、あたかも実況中継されているかのような迫力があります。飛行機乗りたちの心理描写、生の声まで記述されていますので、その場に居合わせているかのようです。
 「本日、敵機動部隊、出撃の算なし」
 なんと、のどかな敵情判断だろう。このように著者は厳しく弾劾しています。こんな甘い状況判断によって、日本海軍は完膚なきまでに叩きのめされたのでした。まさに、日本海軍トップの状況判断には致命的な誤りがありました。
 二つのアメリカ空母グループが北方方向からひそかに接近し、その前段として味方の攻略船団が発見され、B17型爆撃機によって空爆を受けた。ミッドウェー基地からの反撃は必至であり、行方の分からないアメリカ軍機動部隊が突如として姿をあらわすかもしれない。それにしても、ずいぶん緊張感を欠いた信令だ。
この大胆な、甘すぎる情勢判断は、過去半年にわたる連戦連勝気分による油断の頂点たるものであり、アメリカ海軍の戦意を軽んじきった驕りの気分に満たされている。
向かうところ敵なし。自信過剰の南雲司令部は、それゆえ警戒心を忘れていた。
 南雲中将は、決して自分から判断を下さない将官であった。水雷船のエキスパートでありながら、航空戦指揮は不得意だとして指揮をすべて航空参謀にゆだねる、他人まかせの一途な頑固さがあった。未知の分野には手を出さず、得意な分野だけ大事にする守旧型のリーダーである。そして、革新による変化をひどく恐れ、臆病なところがある。
 日本軍のゼロ戦対策として、アメリカ軍は「サッチ戦法」を編み出した。当時37歳のジョン・S・サッチ少佐が考えついたもの。ゼロ戦に対抗するには、日本機の特異な単機格闘戦法ではなく、2機ずつのペアが縦列を組み、同高度、同一方向で二列に並んで飛行する。そして、戦場では、互いに円を描いて位置を変え、それぞれのペアが相手ペアの後方に注意を払う。ゼロ戦が後方から接近すると、反対側のペアが素早くターンして攻撃にむかう。この二機ずつのペアが互いに交叉しあうことから、サッチ・ウィーヴ戦法と名付けられ、ミッドウェー海戦以降のアメリカ海軍戦闘機の有力な戦法となった。日本側は何も気づかず、アメリカ軍機をお得意の戦機格闘戦に引き込んで、かえって逆襲され、手痛い目にあった。
 日本軍の艦船はアメリカ軍飛行機に次々にやられていった。この状況を見て、南雲長官も草鹿参謀長も黙然として、事態への対応がまったく出来ない。源田実参謀の頭の中は真っ白になった。真珠湾以来、世界最強とうたわれた第一航空艦隊司令部は、その内実は強固な戦闘集団ではなく、組織的にもろい、危機管理能力が皆無にひとしい集団であることを曝露してしまった。
 南雲司令部は、機能喪失状態に陥った。被弾してから、軽巡長良に司令を移乗させるまでの20分間に、南雲中将は麾下の部隊に何の命令も発していない。草鹿参謀長も同様で、まったく石のように動かず、あとに「参謀長は泰然として腰をぬかした」とからかわれた。
アメリカ海軍は、日本軍の暗号を解読し、レーダーを装備して待ち受けており、日本海軍は準備不足、作戦発起の性急さ、人事異動による士気低下の悪条件のもとで戦闘に突入した。
 ミッドウェー海戦の推移を詳細に点検していくと、日本側の敗北の原因は技術的なものであった。南雲忠一中将を頂点とする司令部官僚たちは、戦闘にあたって冷静な判断力と臨機応変の対応力、勇断や決定力の資質が欠けていた。いたずらに判断を先送りし、結果的には一般艦の主力三空母は1機の反撃航空機も送り出すことなく、乗員ともども海底に没した。涙をのんでミッドウェー沖に沈んでいった若き戦士たちの無念が思いやられてならない。
 日本海軍は、ミッドウェー海戦の敗北を極秘扱いとし、一切の戦訓研究を禁じた。アメリカ海軍は、詳細に研究した。
日本海軍の被害は空母4隻、重巡1隻沈没、重巡一隻損傷、搭載航空機285機を喪失した。そして、熟練の乗員のうち、艦戦39人、艦爆33組、艦攻37組、合計109組を喪い、著しく戦力を低下させた。
 アメリカ海軍は、空母1隻、駐遂艦1隻沈没、航空機147機を喪失した。
 これだけの大敗北を喫しながら、日本海軍は戦史から戦訓・戦術の反省点を学ばなかった。山本長官は、自ら、失敗から教訓を導き出す作業を封印してしまった。
 本来なら、関係者を集めて研究会をさせるべきだった。それをしなかった理由は、突っつけば穴だらけだし、今さら突っついて屍にむち打つ必要まではないと考えたことによる。そして、なぜ失敗したのかの責任論は封印されてしまった。そのうえ、敗戦の真相隠しが始まった。大本営発表は虚像にみちたものとなった・・・。
 無責任、そして嘘だらけ。いやですね。軍人の世界って・・・。まるで三流政治家ではありませんか。
(2012年5月刊。1750円+税)

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