弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2012年8月11日
霖雨
江戸時代
著者 葉室 麟 、 出版 PHP研究所
豊後日田にあった咸宜園(かんぎえん)を主宰していた広瀬淡窓とその弟・久兵衛の生き方を描いた小説です。しっとり読ませてくれる時代小説でした。
咸宜園は私塾といっても、今の公立大学のようなものだったのでしょうね。心ある若者たちが入門して勉強にいそしんでいました。
咸宜園では、毎朝5時に起きて清掃し、6時から7時まで輪読する。朝食のあと8時から正午まで学習し、昼食をとったあと1時から5時までが輪読と試業で夕方6時に夕食となる。夜7時から9時まで夜学して、夜10時に就寝する。
咸宜園では、女性の門人も受け入れていた。
広瀬淡窓の実家は屋号を博多屋と称し、淡窓の8歳下の弟が家業を継いでいる。そして、この博多屋は、日田代官所出入りの御用達(ごようたし)商人として財をなしてきた。
日田は幕府直轄地の天領である。北部九州の中央に位置し、筑前、筑後、豊前、肥後と日田を結ぶ日田街道が通る交通の要衡だ。美しい山系に囲まれ、河川の多い風光明媚な水郷であり、豊後(ぶんご)の小京都とも呼ばれる。
日田の代官所にいる西国郡代は九州の天領15万石を差配すると同時に、諸大名にもにらみをきかせる、いわば幕府の九州探題であった。
広瀬淡窓が咸宜園を開いたのは文化14年(1817年)。この年、日田に新しい代官として塩谷大四郎が着任した。この年、49歳。それまで幕府の勘定吟味方(かんじょうぎんみがた)をつとめ、日光東照宮の造営などにあたっていた。
塩谷大四郎は、日田代官所に着して4年後に西国郡代に昇格し、布衣(ほい)を許された。そして、塩谷君代によって咸宜園への干渉はさらに強まった。
広瀬淡窓は、16歳のとき、福岡の亀井昭陽の父である亀井南冥(なんめい)の塾に入門して萩尾徂徠学を3年にわたって学んだ。しかし、淡窓は徂徠の考え方に批判があった。徂徠学は、ややもすれば政治学に傾き、聖人君子の道である儒教から遠ざかることへの不満だった。
淡窓は、塾の運営において、入門者に対してまず「三奪」を行った。入門するにあたっては、年齢、学歴、身分の三つを奪って平等とし、同じことから出発させる。これは、武士、農民、町人の身分差のつきまとう社会にあっては、容易に成しがたいことであった。月旦評(げったんひょう)とは、月初めに塾生の前月の評価を行い、これによって4等級(あとでは9等級)に分けること。さらに、成績によって、塾内の都講(とこう)、講師、舎長、司計などの役職を分掌した。成績至上主義のようだが、淡窓の評価は厳正であり、学問だけでなく、日頃の素行も評価の対象とした。身分制にしばられないなかで月旦評は、一人ひとりを平等に評価することであり、塾生たちを発奮させた。
日田の商人のうち、代官所御用達の富商は、7、8軒あり、七軒衆とか八軒士などと呼ばれた。広瀬家も、その中に数えられるが、日田地生え(じばえ)の商人ではなく、初代が筑前福岡から移住して田畑を耕し、かたわら小さな商いを行った。四代目が岡、杵築、府内三藩の御用達となり、大名貸しなど、金融業も行うようになった。五代目は、鹿島藩、大村藩の御用達もつとめるようになった。
六代目の久兵衛は、日田代官所の年貢米の集荷、江戸、大坂への回漕、さらには納入された金銀を預かる掛屋となった。掛屋は、代官所から公金を見利息で預かり、大名や町人、農民に貸し付けることが認められていた。これを日田金(ひたがね)と呼ぶ。
日田金は代官所の公金であることから、借りた大名が踏み倒すとは考えられない。そのため、掛屋には、社寺、公家、富豪から資金が流れ込んだ。日田金は総額2百万両に及び、このうち百万両が大名貸しにまわった。
淡窓の咸宜園と同じころ、大阪では大塩平八郎が洗心洞という私塾を起こして盛んだった。
このあと、小説は大塩平八郎の乱との関わりが語られていきます。
大変勉強になる本でした。男女の心理の機微についても学ぶところ大でした。
(2012年6月刊。1700円+税)
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