弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年5月 2日

とめられなかった戦争

日本史

著者   加藤 陽子 、 出版   NHK出版

 とても知的興奮をかきたてる、刺激的な本でした。なるほど、そういうことだったのかと何度も再認識しました。
 1944年6月のマリアナ沖海戦と7月のサイパン地上戦に日本が敗れ、サイパン島を失ったのは決定的なターニングポイントだった。敗戦の1年前のサイパン失陥の時点で戦争は終わらせるべきだった。この機会を逸したことで、日本はより悲惨な戦いを強いられ、敗北を重ね、被害を一挙に増大させていくことになった。
 1942年8月に始まるガダルカナル島の戦いは、日本軍が攻撃から守勢へと、立場を変えた戦局の転換点だった。マリアナ諸島は、製糖業の拠点であると同時に、軍事拠点でもあった。ここは日本の絶対国防圏内にあり、日米ともに戦略上最重要と認める焦点だった。日本軍にとって死守すべきところなのである。
 この「絶対確保すべき要域」にアメリカ軍の侵攻を許したことは重大であるのに、このサイパン失陥が政府、大本営で問題視された形跡はない。
 サイパン失陥によって、アメリカ軍による本土空襲は日程に上った。B29というアメリカ軍の大型爆撃機は日本本土を空襲して帰ってくるのにちょうど間にあう位置にある。アメリカ軍は、B29による日本本土空襲を当面の最重要戦略に位置づけていた。だからこそ、最強の機動部隊と7万人の兵力をつぎ込んでサイパン・マリアナ諸島を攻略するや、サイパン・テニアン・グアムで航空基地群を建設・整備しはじめた。
 日本も、サイパンの戦略的重要性が分かっていたから、4万人の将兵を送ってサイパンの守備を固めた。堅固なサイパンは守り抜けると確信していたのに失陥したため、9日後に東条英機首相は退陣に追い込まれた。日本はマリアナ沖海戦で決定的な戦力である機動部隊を失ってしまった。そのため、日本海軍は、以後、合理的な作戦を立案できなくなってしまった。
 サイパン失陥のあと、多くの日本人が終戦までに亡くなっていた。東京大空襲で10万人、原爆で広島14万人、長崎50万人もの民間人がサイパン以後の空襲で亡くなった。日中戦争から敗戦までの軍人・軍属の死者230万人、その6割の140万人は、広い意味の餓死だった。
 1941年7月、日本軍が南部仏印に進駐すると、アメリカは日本の予想に反して石油の対日全面禁輸を実行した。なぜか?
 それはソ連を応援するためだった。ドイツとの戦争を始めたばかりのソ連が連合国側から脱落しては、元も子もない。アメリカの軍需産業は動き出したばかりで、まだモノがなかった。翌42年春になればなんとか輸出情勢が整うので、それまではソ連にもちこたえてもらわなければならない。そこで、ソ連が当面の敵ドイツに加えて背後から日本の攻撃を受けることがないように、日本を強く牽制し、注意をアメリカにひきつけた。つまり、ソ連の背後の脅威を除くためにとった措置だった。
 日米開戦の最大の推進力となった陸海軍の将校、とりわけ参謀本部、軍令部の中堅幕僚たちは、当時は40歳代で、いずれも少年のときに日露戦争を体験している。少年時代に刻みつけられた華々しい勝利の記憶が、開戦それも早期開戦を渇望しただろう。
日本が緒戦に大勝すれば勝機はあると思っていたのは、財政的に準備していたことが大きい。日中戦争が始まってから、臨時軍事費を特別会計で組み、膨大な軍事費を確保していた。その3割を日中戦争遂行のためにあて、残る7割は来るべき太平洋戦争の準備にあてていた。4年間で、256億円、今のお金に換算すると20兆円をこす。これだけ軍備につぎ込んで準備していれば、まだアメリカの準備がととのわないうち緒戦に大勝すれば、そのまま戦争に勝てると考えても不思議ではない。
 満州事変は、日本も中国も、宣戦布告はせず、戦争とはみなされない方法ともに選んだ。それが共通のメリットだった。また、アメリカにとっても、日中の関係にアメリカ国民が巻き込まれないですむというメリットがあった。そんな三者の暗黙の了解のもとに日中戦争は展開していった。
中国人の胡適は、中国は豊かな軍事力を持つ日本を自力では倒せない、日本の軍事力に勝てるのはアメリカの海軍力とソ連の陸軍力の二つしかない。だから、この二国を巻き込まない限り中国は日本に勝てない。そのためには、中国との戦争を正面から引き受けて、2~3年間、負け続けることが必要だ、そう言い放った。
なんと鋭い冷静な言葉でしょうか・・・。
 昭和天皇でさえ、自らの意志によって、暴発した軍事行動をとめられないというパターンができていた。これは別に昭和天皇伝記で紹介したとおりですね。
 よく調べてあるし、その論評の確かさには舌を巻いてしまいます。わずか130頁ほどの薄い本ですが、ぎっしり中味の詰まった重厚な本でした。
(2011年7月刊。950円+税)

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