弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2012年2月 3日
不思議な宮さま
日本史
著者 浅見 雅男 、 出版 文芸春秋
戦後初の首相となった東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)王の評伝です。その実像にかなり迫っていると思いました。
稔彦王の生母は寺尾宇多子という女性である。
正妃のほかに側室をもつのが当たり前だった皇室では、子どもはすべて正妃の子とされ、生母はあくまでも腹を貸しただけという建前がとられた。生母は自分の腹を痛めた実子に対して臣下の礼をとられなければいけなかったし、生母への思いを公然とあらわすのは慎まねばならなかった。ところが、稔彦王の父である朝彦親王には正妃がいなかった。それにもかかわらず、生母は名乗ることができなかった。
朝彦親王は四男だったが、宮家を継ぐ王子以外は出家するという江戸時代以前の皇室のならわしにしたがって、8歳で京都の本能寺にあずけられ、14歳のときに奈良の一乗院の院主となった。朝彦親王は孝明天皇の命で還俗(げんぞく)した。ところが、朝彦親王は孝明天皇の期待を裏切って、公式合体派の首領として、京都朝廷で威勢を振るった。そして、明治元年、朝彦親王は岩倉らによって、徳川慶喜と結託して幕府の再興を図ったとの理由で広島に幽閉されてしまった。
稔彦王は、生後すぐに母親から離され、京都郊外の農家に里親に出された。
このころ、皇族や公家の幼児が里子に出されるのは珍しいことではなかった。子どものころ稔彦は、皇太子である嘉仁親王を尊重していなかった。それどころか、天皇という存在への敬意も欠如していた。
皇族の生徒の取り扱いは軍当局にとって難題だった。もともと体力の劣っている皇族を厳しく鍛えると、病気になることがある。特別扱いするのは無理はなかった。ところが、特別扱いされる皇族生徒のほうでは、それがストレスになった。
皇族はトルストイの本を読むのも禁じられていた。
ええーっ、そうなんですか・・・。信じられません。
明治天皇には14人の子どもがいた。男子は4人で、成長したのは後の大正天皇ただ1人。10人の女子のうち、成長したのは4人のみだった。
稔彦王は、拘束の多い皇族という身分が嫌で嫌でたまらなかった。稔彦王は、何度も何度も皇族の身分を離れたいと言いはって、周囲から顰蹙を買い、また関係者に迷惑をかけた。
若い皇族の海外留学は天皇政権が誕生してまもないころから盛んにおこなわれた。
皇族たちは、続々と海を渡った。どの皇族も、10代半ばから20代半ばの若さだった。ほとんど全員が現地の軍学校で学んだ。明治前半の皇族留学は、軍事修行が主たる目的だった。
稔彦王がパリに留学したとき、年に20万円が与えられた。これは現在なら10数億円にもなる巨額である。パリの陸軍大学を卒業したあと、稔彦王は政治法律学校に入った。ここでは、フランス語版の「資本論」を読んだという。稔彦王は、画家のクロード・モネと親しくつきあった。そして、稔彦王は、なかなか日本に帰国しようとせず、周囲をやきもきさせた。
陸軍では、皇族は皇族であるがゆえに経験や能力は度外視され、超スピードで段階が上がっていく。したがって、階級が高いからといって、有能な部下が何でもやってくれる部隊の長ならともかく、責任が重く、判断能力が要求される省部の幹部になるのは無理だった。
王政復古以来、皇族が戦場におもむくことは珍しくはなかった。しかし、いずれの場合、皇族軍人たちは、その身が危険にさらされないように周囲から周到な注意をはらわれ、その結果、戦死した皇族は一人も出ていない。
軍司令官としての稔彦王は、賢明にも「お飾り」に甘んじていた。
内大臣の木戸は稔彦王について、取り巻きがよくないと許した。木戸は神兵隊、天理教、小原龍海、清浦末雄など好ましからざる連中が取り巻きにいることを熟知していた。
終戦のとき、稔彦王をよく知る人たちは、稔彦王を信頼せず、もろ手をあげて首相就任を歓迎することはなかった。しかし、陸軍の暴発を抑えること、国民に敗戦を納得させ、人心の動揺を防ぐことが目的だった。
皇族の一員として生まれて、その特権を利用しながらも、不自由な皇族から離脱しようとした人物であること、そして、一貫した信念をもたず、取り巻きにいいように利用されてきた人物であることがよく分かる興味深い評伝です。
今では、こんな人物が皇族としていたことは誰もがすっかり忘れていますよね。
(2011年10月刊。2200円+税)
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