弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年1月22日

蛍の航跡

日本史

著者   帚木 蓬生 、 出版   新潮社

 『蠅の帝国』の続編です。
 軍医から見た太平洋戦争の悲惨な戦場の実相が語られています。とりわけ印象的だったのは、ビルマにおけるインパール作戦について、牟田口司令官の無暴きわまりない命令に反抗した師団長が精神異常かどうかという鑑定させられることになった話です。
 食料も弾薬の補給もないまま、攻撃せよ、前進せよというだけの軍司令官の命令に師団長が従わなかった。精神状態が正常なら軍法会議にかけられ、直ちに死刑に処せられる。呼び出された51歳の師団長はありのままを軍医に語った。軍医も嘘は書けない。作戦中も現在も、精神状態はまったく正常であるという鑑定書を作成した。ところが、軍法会議は開かれず、うやむやになってしまった。そのうち、軍医のほうが転進して、それどころではなくなった。
 異常な司令官の下で突撃させられ、無為に死ななければならなかった将兵こそ哀れです。戦争の不条理さを痛感させられました。
 シベリアに抑留された軍医もいます。何もないなかで、日本兵たちがマンドリンのオーケストラをつくって演奏したというのです。そして、収容所から解放されたとき、収容所で亡くなった2000人の死亡患者名簿をこっそり日本に持ち帰ったのでした。見つかれば生命の危険がありました。たいした勇気です。
 軍の慰安所を軍医として管理していた話もあります。日本政府は慰安所の存在を否定したり、軍とは関係ないものとしらばっくれていますが、このように日本軍が慰安所を管理していたことは歴史的な事実です。日本政府はきちんと責任を認めるべきだと思います。
 前著の『蠅の帝国』と本書で30人の軍医の姿を描き終えた著者の感想を紹介します。
 戦争の実相とは、つまるところ、傷つきながら地を這う将兵と逃げまどう住民、そして累々と横たわる屍ではないのだろうか。軍医は、その前で立ちすくみ、医療に死力をふりしぼりながら、ついには将兵や住民と運命を共にしたのだ。
 巻末の資料にたくさんの日本医事新報がのっています。これらの記事をもとに一つ一つ、丹念にまとまったストーリーを組み立てていった著者の力量に改めて敬服します。
 決して面白くはなく、読んで楽しい本でもありませんが、それでも、先人の苦労をしのぶためには読まなければいけない本です。読み終えると、気持ちがずんと重く沈んでしまいますが、ご一読をすすめます。
(2011年12月刊。2000円+税)

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