弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2011年12月 6日

FBI美術捜査官

アメリカ

著者   ロバート・K・ウィットマン 、 出版   柏書房

 美術品泥棒は、美術犯罪の技量が盗み自体より売却にあるという事実にたちまち直面する。闇市場において、盗難美術品は公にされている価格10%で出回ることになる。作品が有名なほど売るのは難しい。時間が過ぎるにつれ、泥棒はしびれを切らし、早く厄介払いをしたいと思うようになる。そこで、7500万ドルの値のつく絵を75万ドルでの取引に応じたりする。
 美術品犯罪において、窃盗の9割は内部犯行である。
潜入捜査はチェスに似ている。対象について熟知し、常に相手の一手先二手先を読まなければいけない。最高の潜入捜査官が頼るのは、自分自身の直感にほかならない。こうした技倆は教えられて身につくものではない。天賦の才のない捜査官には潜入は無理だ。友になり、そして裏切るという仕事をこなすには、営業的かつ社交的な才覚に恵まれているか否かにかかわる。
 潜入捜査官には偽の身分が必要になる。ファーストネームはそのまま本名を使うのがベストだ。嘘はできるだけつかないというのが潜入調査の鉄則。嘘をつけば覚えるべきことが増える。覚えるべきことが少なければ、それだけ落ち着いて自然に振る舞える。ラストネームは、平凡でごくありふれていて、インターネットで調べても簡単には特定できないものがいい。
 潜入調査は多くの点で営業とよく似ている。要は、人間の本質を理解することであり、相手の信頼を勝ちとり、そこにつけ込む。友になり、そして裏切るのだ。
 5つのステップがある。ターゲットの見きわめ、自己紹介、ターゲットとの関係の構築、裏切り、帰宅。
 うひゃあ、こんなステップを淡々とこなすなんて、常人にはとてもできませんよね。少なくとも私には、とうてい無理です。
第一印象はきわめて重要だ。相手に対しては、最初から親しみやすい雰囲気をつくっておきたい。何より表情が大切だ。いやがる相手に近づくには、その人物の良い面を見つけて、そこに焦点をあてる。世の中に根っからの悪人はいない。
 潜入調査の最中に不安に感じたら動かないこと。悪党に車に乗るようにいわれて気後れを感じたら、とにかく言い訳を思いついて逃げる。何よりも自分自身が役のなかでくつろぐこと。ミスを犯せば死ぬことになる。
 潜入調査にかかる負担は肉体的にも精神的にも半端なものではない。常に気を張って、ときに事件をかけ持ちするなかで、複数の人格を切り換えるというのは、ストレスがたまる。動きがなく、ひたすら取引を待つ時間となると、なおさらだ。
 FBI捜査官はターゲットと親密になる過ぎないよう、感情をコントロールする訓練を受ける。その理屈は正しい。しかし、感情を抑えこんだり、教科書どおりのやり方では、まともな潜入捜査はできない。自分の本能に従い、人間らしくあること。これが難しく身も心も疲れ果ててしまうときがある。
 誰の手も触れていない原画なら表面は均一のくすんだ光を放つ。手を加えられた絵画は絵の具がむらのある光を放つ。
 前にマフィアに潜入したFBI捜査官の体験記を読みましたが、それこそ命がけでしたし、その潜入を許したマフィアの親分は発覚後すぐに消されてしまったのでした。
それにしても美術品の盗難事件って世界中でよく起きていますよね。
(2011年7月刊。2500円+税)

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