弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2011年7月29日

リンカン(下)

アメリカ

著者    ドリス・カーンズ・グッドウィン  、 出版   中央公論新社

 南北戦争が進行していきますが、北部軍の将軍には問題行動が目立ったりして、なかなか南部軍に勝てません。
 それでも、リンカンは、政府と広く全国の両方で派閥の均衡を巧みに操縦するという無類の手腕を発揮した。半島での大敗退で、連邦を救うには並々ならない政策を必要とすることが明白になった事態は、リンカンに、より直截に奴隷制度に取り組む突破口を与えた。
戦場から日々届く戦報は、南部連合がいろいろの方法で奴隷を使役している様子を歴然とさせた。奴隷たちは、軍のために塹壕を掘り、防御施設を建造した。奴隷たちは駐屯地に連行され、御者、料理人、病院の付き添いとして働いたので、兵士たちは雑務から解放されて戦闘行為に専念できた。
 1862年、奴隷解放宣言は、奴隷の身分にあった350万人の黒人に自由を約束した。この宣言書には軍事上の価値があった。北部軍は兵站の問題に直面していた。奴隷の提供する膨大な労働力が南部連合から連邦側に移るなら、とてつもない利益が得られることになる。奴隷解放宣言は、その適用範囲が叛乱軍の戦列の背後にいる奴隷身分の黒人に限られるという点で即効性には乏しかったが、それは、中央政府と奴隷制度の関係を永遠に変革した。それまで中央政府が奴隷制度を保護していた地域で、今やそれは禁止されたのだ。
 黒人連隊を結成しようとする、やる気満々の動きに、リンカンは大々的に賛意を示した。当初は黒人を武装させる提案に抵抗を示したものの、今では、その計画の実施に全面的に打ち込んでいた。
 南部連合議会は、捕虜になった「武装ニグロ」と「ニグロ隊」を指揮する白人士官は死刑か奴隷刑に処すという条例を議決した。したがって、下手すると自由身分あるいは生命まで失う危険があった。
 1863年11月19日、リンカンがケティスバーグの戦場跡で演説したときの状況も紹介されています。このとき、9000人もの聴衆が演台を囲むように半円をなして広がっていた。リンカンの前の演者は、2時間かけて劇的な3日間にわたる戦闘の一部始終を見事に再現した。そのあと、リンカンが演説しはじめた。わずか2分間の演説だった。
 我々がここで語る内容に世界はまず注意を向けないでありましょうし、記憶に留めもしないでしょうが、ここで彼らの成し遂げたことを世界が忘れ去ることは絶対にありえないのです。・・・この国家に、神の道に適った新たな自由の誕生を実現せしめることなのであり、かつまた、人民による、人民のための、人民の政体をこの地上から死滅させないためなのであります。
 聴衆は微動だにせず、言葉なく立ち尽くした。聴衆は、演説のあまりの簡潔さとその唐突な幕切れに息を呑み、その場に釘付けされた。
 リンカンは祖国の物語と戦争の意味を、すべてのアメリカ国民に通じる言葉と現実に置き換えて話した。父親から聞いた作り話を、少年なら誰でも理解できる物語に夜を徹して手を加えた子どもが、今や祖国のために、過去、現在そして未来を編み込んだ理想の物語を完成させたのであった。そして、それは学生たちによって永遠に朗読され、暗誦されることになる。
 常日頃から緊張をほぐすために物語を人前で話すことを習い性にしていた人間(リンカン)にとって、芝居見物は清涼剤であった。リンカンは、定期的に劇場に通い詰めていた。
 リンカンを生涯支え続けたのは、その内面的な底力であった。そして、大統領としての4年間は、彼の自信を計り知れなく増進させた。就任の初日から直面させられた耐え難いほどの重圧にもかかわらず、リンカンが自信を喪失することはなかった。リンカンは周囲にいる者たちの意気を折にふれて鼓舞し、快活さ、やる気、一貫した目的意識をもって同僚たちを心優しく引っぱった。リンカンは最初の過ちに自ら学び、そのおかげでライバルたちの嫉妬を超越し、また年が改まるごとに人間と事象を貫徹する洞察力を深めていった。
リンカンは内閣のなかの内輪もめに気づいていたが、各自がそれぞれの職務を十分にこなしている限り、陣容の改造はまったく不要だと固く心に決めていた。内輪ゲンカを繰り返す内閣たちも、最終的にはほとんど全員が、自分たちのライバル意識と短気に仁慈をもって対応し、ユーモアに訴えで緊張感をやわらげるリンカン大統領に忠節を尽くし続けた。
暗殺犯が3人いて、リンカンだけでなく、副大統領と国務長官の三人を同時に謀殺する企てだったことを知りました。副大統領を暗殺するはずだった男は直前に気が変わった。国務長官は事故にあって寝ていたところを襲われたが、なんとか助かった。
 そして・・・。きちんとしたいでたちの男があらわれて、ホワイトハウス付きの従僕に名刺を渡し、ボックス席に案内された。ひとたびなかへ入ると、拳銃を構え、リンカンの後頭部に狙いを定めて引き金を引いた。
 南北戦争の実情、奴隷解放宣言が出されるまで、そしてゲティスバーグ演説、さらに大統領暗殺・・・。どれもアメリカという国をよく知るうえで不可欠の出来事だと思いながら興味深く、上下2巻の大作に読みふけってしまいました。
 オバマ大統領の愛読書だそうです。本当かもしれないなと思いました。
(2011年3月刊。3800円+税)

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