弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2011年7月19日
エベレスト登頂請負い業
アジア
著者 村口 徳行 、 出版 山と渓谷社
高さ8848メートル、世界最高峰エベレスト。チベットの人々は昔からチョモランマと呼ぶ。母なる女神の意味だ。
今やエベレストは大衆化に向かい、多くの人々が登頂できる時代になった。世界一という分かりやすい標高が多くの人々を惹きつけ、人生に目的を与え、なんとか努力することで叶う最高の目標としてエベレストがとらえられるようになった。そうなんですか、エベレストって大衆化してるんですか・・・。
はるか遠い昔、エベレストは海の底だった。インド亜大陸とユーラシア大陸が北緯10度近くで衝突をはじめたのは始新世のことで、それ以降5000万年にわたって続いた衝突の結果、両大陸の地殻は水平距離で2500キロ以上も短縮し、対流圏上部に達するヒマラヤ山脈を誕生させた。かつて浅い海で大繁殖していたウミユリ、三葉虫の化石も発見された。つまり、チョモランマの頂上付近は、海の深い場所ではなく、波打ち際の浅い海、4億8000万年前の渚だった。
人間は5000メートルをこえては定住できない。子孫を残していけるぎりぎりの高さだ。チョモランマの麓、サロンプ村、もはや農作物もとれない4800メートルの高地に43世帯、
292人が暮らしている。ヤクからバターをもらい、その糞を燃料にして暖をとる。トイレすらない。
悪い環境で長期間にわたって他人と生活をともにするときには、できる限りプライベートを守ってあげることに気をつける。なるべくストレスを翌日に抱えないためには、個人用のプライベート・テントが有効だ。自分だけの空間は、どんなに小さくても最高に居心地のよい住処となる。
登頂を終えたら、さっさと下りるのがヒマラヤ登頂の鉄則だ。長い時間、滞在する場所ではない。体が冷えてくる。冷たい風が気になる。
酸素がいかに重要かという問題を抜きにして、高所の登山は成りたたない。ベースキャンプは5300メートル。順応のできた体なら、そこで数日のんびり過ごすことで休養はとれるし、疲れた体を回復させることは可能だ。もう一歩ふみ込んで、さらに高度を下げることで回復力がもっと早まっていく。
高所での歩行速度は、その人の状態を簡単に見分けることのできるバロメーターとなる。
風は体温を奪い、著しく、消耗させる。体の機能がもっとも大きなダメージを受けはじめる4000メートルへの順応が大切だ。健康な人間は、3000メートルから低酸素の影響を受け、個人差にもよるが、頭痛、微熱、食欲不振、嘔吐、下痢などの症状があらわれてくる。それを通過しないことには先へ進めない。それが高所登山の厄介なところだ。だから、なるべくうまく高山病にかかってあげることが大切だ。4000メートル前後から、2ヵ月にわたり高山病とのたたかいが始まる。6450メートルの高度では睡眠不足に陥る。この高度は横になっていればそれでいいと考えるべき。人間の体はよく出来ている。眠れないというのは、体が眠らせないように反応しているのだ。眠ることによって呼吸数が減り、酸素の取り入れ能力が落ちてくる。それを避けるために、眠らせないという形で信号を送り、まだ環境に慣れていないということを伝える役目を果たしている。要するに、高所に順応できているかどうかを示すわかりやすいバロメーターなのだ。
高所登山には有酸素運動が必要だ。上半身の筋肉を必要以上につけず、下半身の強化を意識するのが基本トレーニング。2ヵ月間がエベレストを登るためのおおよその目安だ。エベレストは、もっとも酸素の少ないところにそびえる山なのだ。酸素がないことが普通で、意識は常に見えもしない透明のなかに向かっている。順応すると赤血球が増え、酸素の運搬能力が高まるが、同時に血管が詰まりやすくなるという悩ましい問題が発生する。私には8千メートルの高度を目ざす登山家の心理はよく理解できません。
(2011年4月刊。1600円+税)
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