弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2010年11月17日
私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった
世界史
著者:サラ・ウォリス、スヴェトラーナ・パーマー、出版社:文芸春秋
大変貴重な労作だと思いました。今の日本にも、たとえば北朝鮮に先制攻撃しろと勇ましく叫ぶ人は少なくないわけですが、実際に戦争になったときに何が起きるのか、想像力が欠けているように思われます。この本は、子どもとして戦争の悲惨さを体験した手記が集められています。それも、対立する陣営に所属する子どもたちが書いていますので、実によく置かれた深刻な状況が分かります。今の日本で、一人でも多くの人に読んでほしいものだと私は思いました。
手記といっても、立派な個人日記帳に書いた子だけでなく、読んだ本の余白にびっしり書き込んだ子もいるのです。そして、戦時下に飢え死にした子、特攻隊になって海のもくずと消えてしまった青年など、手記を書いた子が戦後まで生き残ったとは限らないのです。
たとえば、ナチス・ドイツのイデオロギーに心酔していた子どもが次第に厳しい現実に直面させられていく様子。ナチスの残虐な支配の下でレジスタンスに身を挺する子どもの生活。この本は、それら両面から紹介していますので、人間社会の複雑さを理解する一助にもなります。
18歳の東大生(一高生)は、12月8日の開戦日の翌日、次のように日記にしるしました。
どうも皆のように戦勝のニュースに有頂天になれない。何か不安な気持ちと、一つは戦後どうなるのか、資本主義がどうなるかも気になる。友人は戦争が始まってサッパリしたというが、とてもそんな気持ちにはなれない(8月9日)。
戦争?戦争が何だ。そんなものにうつつをぬかすから、犠牲者が出るのだ。人間、戦争なんかに精力をつかうほど馬鹿げたことはない。
現在、皇恩の下にこの帝国に生活して豊かに生きることのできる僕は、御召とあれば赴くことを否むものではないし、戦争などに押しつぶされるほど弱い心ではないつもりだ。しかし、僕は断固として反戦論者として自らを主張する。戦争を除くことに努力するつもりだ(12月15日)。
すごいですね。こんなことを日記に書いていたのですね・・・。
今日、戦争についてパパと話した。この状況では、ドイツは戦争に勝てない。この事実を直視しようとしないのは、弱さの表れというものだろう。
もうドイツに勝ち目はないとだれもが思っている。パパは、敗戦がそんなに絶望的なことだとは考えていない。アメリカの監督の下、ドイツは西側諸国によって共和国につくり変えられるだろうとパパは信じている。パパもママも平和になることだけを望んでいる (1944年1月2日)。
だけど、ドイツがアメリカの家来になるのだろう。それくらいなら死んだほうがましではないか・・・。本当に、この戦争は、とてつもなく無意味で狂っている。ドイツ人がすでに敗北を確信しているのに、前線ではまだみんなが殺されているのだから。それでも脅えているのは、あの狂ったヒトラーの意思の深さが予見できるのだからだ。ヒトラーは、自分自身の国の将来に対して、あまりに無責任だ(1944年7月25日)。
ああ、神よ。あなたは、どうして許しておられるのですか? やつらは神は常に中立の立場におられるなどと言うのを。
私たちを破滅させようとする者たちになぜ天罰をおくだしにならないのですか?
私たちが罪人で、彼らが正しい者たちなのですか?
それが真実なのですか?
あなたは聡明なお方ですから、そうではないことぐらい、きっとわかっておられるはずです。私たちは罪人ではなく、彼らは決してメシア(救世主)ではないことぐらい!
(1944年8月)。
これは氏名不詳の少年の最期の言葉です。
1944年8月6日、ナチス・ドイツは最後のユダヤ人の強制移送を始めた。6万7千人あまりの青年男女がアウシュヴィッツに送られ、半数以上はガス室に直行させられた。この少年の日記は、終戦後に発見されたものです。
1945年4月12日。ベルリンのみんなが自分の意見をあけすけに口にしていることには、まったく驚いてしまう。ほとんどが反ナチスの意見だ。ゲシュタポの恐怖にもかかわらず、もう誰もが意見を言うことを恐れていない。他人を密告する人間は、もう一人もいないからだ。そんなことをしたら、あとでアメリカ軍かソ連軍に捕まって処刑される、と誰もが思っている。
ただ、理解できないことは、それならどうしてドイツ人は、ナチスの圧政にもっと前から抵抗しなかったのか、ということだ。単に親衛隊が怖かったからだろうか。ドイツ国民は臆病者ばかりなのだろうか。きっとそうなのだろう。ドイツ国民がこれほど無神経になったのは、空襲の恐怖のせいもあるかもしれない。今では、誰もがナチスを憎み、ナチスの支配が終わってくれたらと願っている(1945年4月12日)。
ナチス・ドイツに加担した子ども、その被害にあったユダヤ人やポーランドの子どもたち、日本人で反戦思想の持ち主でありながら、特攻隊員となって戦死した大学生。さまざまな子どもと青年の手記によって戦争の残酷さが身にしみて伝わってきます。
一人でも多くの人に読んでもらいたい本です。
あとがきに、戦争中にも、実に多彩な青春があり、思春期があった。戦時下で大人になるとはどういうことなのか、読者は、あの戦争の意味を多面的にとらえることができるという指摘があります。まったく同感です。
(2010年8月刊。1900円+税)