弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年10月 6日

上田誠吉さんの思い出

司法

 著者 自由法曹団、 自由法曹団 出版 
 
 ミスター自由法曹団というべき存在だった上田誠吉弁護士は、最高裁判所の長官にふさわしい人格、識見、能力だったと衆目の一致するところでした。惜しくも昨年5月10日、82歳で亡くなられました。
 私の生まれた1948年に東大法学部を出て、司法修習生(2期)になりました。上田弁護士は戦後の著名な刑事事件の多くに関わっています。メーデー事件、松川事件、三鷹事件、千代田丸事件、白鳥事件・・・・。
 これらの事件は、戦後日本を揺るがす大事件であったと同時に、司法界においても大変重要な事件であり、貴重な判例を残しました。そして、上田弁護士は弁論要旨だけでなく、数々の著書をモノにし、世に問うています。私が大学一年生のときに読んで、身体中が雷に打たれた衝撃を覚えたことを鮮明に覚えているのが『誤った裁判』(岩波新書)です。国家権力というのは、自己の威信を守るためには無実の人を死刑にしてもかまわないと考えること、一般市民は丸裸にされたときには、きわめて弱い存在であると痛感させられました。それまでは、警察や検察というところは人権と弱者を守るために存在するとばかり思い込んでいたのです。ひどく認識が甘いと思わされました。
その後、上田弁護士は、自由法曹団の幹事長に就任します。41歳のときです。
 上田弁護士は『国家の暴力と人民の権利』(新日本出版社)を世に問いました。私が司法修習生のときでした。感激をもって必死に読み、大いに学ぶことができました。
 そして、私が弁護士になった年(1974年)10月、自由法曹団の団長に就任しました。まだ48歳の若さでした。しかし、既に風格がありました。それから10年間、団長の要職をつとめました。
団長在任中、石油ショックが起こり、石油業界のヤミ・カルテルが摘発されました。東京と山形・鶴岡の消費者がこぞって裁判に起ちあがりました。弁護士1年生の私も末席に加えていただきました。上田弁護士と同じ弁護団の一員となったのです。
この灯油裁判と呼ばれる消費者訴訟は最終的に敗訴しましたが、途中で消費者の権利を認める高裁判決を勝ちとるという画期的な成果もあげています。上田弁護士は、理論的にも、運動においても、中心の柱になっていました。
 上田弁護士の旺盛な著述活動は、その後も続きました。『裁判と民主主義』(大月書店)、『ある内務官僚の奇跡』(同)。後者は、上田弁護士の父親について書かれています。父親は、なんと特高課長つとめたキャリア組の内務官僚だったのでした。中国・上海総領事館の警察部長もつとめています。ですから、上田弁護士も、上海に暮らしていたことがありました。戦後、上田弁護士は、父親から左翼にだけはなるなといって、顔を叩かれたこともあります。ところが、その父親も亡くなる前には松川事件の弁護団の一人になったのでした。
 上田弁護士は、63歳のときに胃がんで胃を全摘しました。しかし、その後も著述活動だけでなく、アメリカに渡った訪米団の団長として、また、警察による盗聴事件を追及して、活躍しました。最後には、自らが住民の一人として無用な道路建設に反対する運動に加わり、裁判の原告になりました。
 この本は、上田弁護士の没後1年たち、「しのぶ会」の開催に合わせて、弁護士やかつての裁判の元原告たちが思い出を寄せたものです。大変読みやすく、上田弁護士の飾らぬ人柄、そして、その能力と見識の高さがにじみ出る冊子となっています。
 上田弁護士は東大法学部に入学するも、学徒出陣の時代ですから、川崎の高射機関に砲部隊に配属されてしまいます。戦後、大学に戻って学生運動に参加するのでした。
 大阪の宇賀神(うがじん)直弁護士が「上田誠吉さんと裁判闘争」と題して、少し長文の思い出を寄せていて、勉強になりました。
 裁判闘争の基本、土台というのは、裁判で問題となっている生活事実をつかむこと、これが大切である。裁判官もまた人間である。人間がものごとを決めるときに寄るべきものは事実の認識であって、そのうえに立って道理を考える。そこでは、事実と道理、対決と説得そして共感が大切なのである。一面では対決であり、他面では説得である。説得の武器は、対決の場面もふくめて、事実と道理である。そのために知恵と力を出す。裁判官の良心を取り戻し、それに灯をともし、その灯を強めていく。それが成功するなら、裁判官は事実を素直に見るようになる。そして、救済を決意する。ここには飛躍がある。裁判所が何を考えているかを読みとること、これが実は弁護士にとって一番苦しい任務なのである。
 上田弁護士をしのび、大いに学ぶべき存在であることを改めて思い知らせてくれるいい冊子です。若い弁護士に広く読まれることを期待します。

(2010年9月刊。価格は不明)

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