弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年10月 1日

裁かれる者

司法

著者:沖田光男、出版社:かもがわ出版

 1999年9月初め、東京の中央線の快速電車に乗っていた男性が若い女性に対して携帯電話による通話を注意したところ、しばらくして、電車内で痴漢したとして改札口を出たところで逮捕されたのでした。「現行犯逮捕」というには、時間と場所が違っています。
 それでも、いったん逮捕されたら、簡単には釈放されません。結局、23日間、丸々警察の留置場に入れられたのでした。それでも、なんとか釈放され、不起訴が決まりました。
 事件のあと、1年半たって、国家賠償請求の裁判を起こしたのです。
 ところが、なんと、刑事事件としては不起訴になったのに、民事訴訟では、一審も二審も「痴漢行為をした」と認定されてしまったのです。うへーっ、と本人ならずとも驚いてしまいます。
 刑事記録は既に廃棄されていました。3年間の保存が義務づけられているのに、担当職員が一年と勘違いして廃棄してしまったのだというのです。なんということでしょう、本当なんでしょうか・・・。
 民事裁判では、男性の身長が164センチで、女性のほうは170センチ。しかも、7センチのハイヒールの靴をはいていた。ところが、女性の「腰」に男性の「股間」を接触させていたという。客観的には、ありえない。それでも、一審も二審も、女性の供述を信用した。そして、最高裁は、なんと法廷での弁論を行った。
 このとき、「被害者」の女性本人が涙ながらに意見陳述したのでした・・・。すごいことですね。
 結果は、高裁への差し戻しを命ずる判決でした。そして、高裁は、痴漢行為は認められないとしつつも、女性の虚偽申告も認められないというものでした。矛盾としか言いようのない判決です。
 この事件が世間の注目を集めた理由の一つは、周防正行監督の映画『それでもボクはやっていない』(2007年1月)にあった。私も、この映画は見ました。大変よく出来ていて、司法の現実、その問題がズバリ描かれていると思いました。
 裁判の限界を実感させる本ではあります。それにしても、本人(1942年生)と家族は、本当に大変な苦労をされたことだろうと推察します。お疲れさまでした。それでも、このような本を書いていただき、ありがとうございます。
(2010年4月刊。1000円+税)

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