弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2010年8月 7日
長篠の戦い
日本史(戦国)
著者:藤本正行、出版社:洋泉社新書
長篠(ながしの)の戦いは、戦国時代の日本史に関心のある人で知らない人はいないでしょう。
1575年(天正3年)5月21日、三河の長篠城外(現在の愛知県新城―しんしろ―市)で、織田信長と徳川家康の連合軍が、武田勝頼の軍を大敗させた。このとき、信長は、鉄砲隊3千を3段に分け、千挺ずつの一斉射撃を行うことによって、精強を誇る武田の騎馬軍団を撃破した。これが「通説」である。
この本は、その「通説」がまったく根拠のないものだということを改めて(初めて、というのではなく)実証したものです。私も、改めてなるほど、と思いました。
この長篠の戦いのとき、信長は42歳で、勝頼は30歳だった。
通説が誕生したのは、戦前の陸軍参謀本部が編纂した『日本戦史』シリーズによるものだと知って驚きました。
織田信長には、直属の銃兵のほか、大小の家臣たちが所有する銃兵がいた。つまり、信長直属の常備鉄砲隊があり、このほかに臨時編成の鉄砲隊がいた。常備鉄砲隊は、装備もととのい、火薬などの消耗品も潤沢に支給され、集団訓練も受け、強力だった。しかし、信長だけが鉄砲の威力を理解していたわけではない。鉄砲隊にも二種類あったなんて、初めて知りました。
信長の「三千挺、三段撃ち」を初めて言い出したのは、江戸初期の儒医であり、作家であった小瀬甫庵(おぜほあん)である。
しかし、火縄銃を等間隔で連続して射撃することは、一人でも容易なことではない。これが複数になると、等間隔の連続射撃は、いっそう困難になる。まして、実戦の場で3千人が千人ずつ、交替で連続射撃することなど、空想の産物以外の何ものでもない。著者は火縄銃の構造もふまえて、このように断言します。
火縄銃は、発射準備が、人により、銃により一定しないのである。
長篠の戦いにおいて、信長は自軍の大兵力を隠そうとしていた。そして、別働隊を勝頼軍の背後にまわした。
長篠の戦いのとき、柵から押し出したのは徳川勢であり、信長の軍勢は、みな柵の内にひきこもって一人も出なかった。
要するに、織田信長の「三千挺三段撃ち」というのは、完全な創作なのである。これを実現するには、銃兵のなかから誰一人として死傷者が出ないこと、何発うっても銃の調子が変わらないこと、戦線の端から端まで敵が一斉に射程距離内に入ること、戦線の端から端まで射撃開始の命令が連続して届くことなど、奇跡に等しい諸条件が整わない限り、絶対に不可能なのである。
この本は、敗戦後の勝頼の行動についても紹介しています。「先衆が少々敗れただけ」というのでした。実際には、大損害だったわけですが・・・。それに対して、信長のほうは、勝頼を誇大に宣伝しています。さすがです。
この本では、長篠の戦いで信長が勝ったことについて鉄砲は勝因の一つに過ぎないと強調しています。
背後を強力な別働隊に占領されたうえ、退路を川でふさがれ、左右への迂回路はなかった勝頼が、他に選択する余裕のないまま圧倒的な兵力で堅固な陣地に拠った織田・徳川軍を正面から攻撃して勝てるはずはない。要するに、信長の作戦勝ちだった。
この長篠の戦いから鉄砲が急増したということもない。鉄砲が一挙に増加したのは、束の間の平和で軍備を整える余裕ができ、明と朝鮮の連合軍との激戦が展開された朝鮮出兵のころのことである。
著者の本は、大変に実証的だと、いつも感嘆しています。
(2010年4月刊。840円+税)
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