弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年8月 5日

発禁『中国農民調査』抹殺裁判

中国

著者:陳 桂棣・春桃、出版社:朝日新聞出版

 2003年に出版された『中国農民調査』は中国の内外で大きな話題を呼び、このコーナーでも紹介したと思います。
 この本は、その本が裁判で訴えられた顛末が紹介されていますが、まさしく中国の司法の寒々とした実情が実感をもって語り伝えられています。この本を読む限り、まだまだ中国は法治国家というより人治国家のようです。
 『中国農民調査』は2004年2月、中国政府から発禁措置を受けた。そして、この本で実名をあげた安徽省の党書記から、名誉毀損として訴えられた。
 2004年1月9日、裁判官2人が著者の家を予告なしで訪問した。
 ええーっ、裁判官が予告なしで被告宅に訪問するなんて・・・。日本では、まったく考えられないことです。
 訴状を送達するためのようです。この訴状は、本の出版を停止せよ、謝罪して慰謝料20万元(260万円)を支払えというものでした。
 原告は党書記、そしてその息子が裁判官になっています。そんなところで裁判を受けるわけにはいきません。まずは弁護士探し。幸い、ボランティアでやってくれるという弁護士が見つかりました。
 中国の地方行政が腐敗しているのは有名だが、この阜陽市は、なかでももっとも深刻なところ。なにしろ、市党委員会の元書記は、収賄と官職売買で死刑を執行された。その後、2ヶ月足らずで、160人もの問題幹部が発覚した。
 裁判が始まった。原告側の弁護士は自分の机の上に山ほどの証拠書類を積み上げたものの、被告への提出を拒んだ。コピー代がかさむからという理由だ。にもかかわらず、裁判所はいきなり原告側が連れてきた証人を調べようとする。忙しい指導幹部だから・・・。なんということでしょうか、まったく信じられませんね。
 そして、裁判長は公開を原則とする法廷なのに、傍聴していた2人の記者について有無を言わさず退廷を命じたのです。
 20数年になる中国における法の普及教育を通じて、現在の中国で法的知識がもっとも欠けているのは一般市民ではなく、増長した党と政府の役人たちなのである。
 残念ながら、これではそうとしか言いようがありませんね・・・。
 4日間、合計35時間にわたる裁判が終わったのは夜10時。ところが、裁判所の正門に人々がぎっしりと待っていた。応援のために遠くから駆けつけてきた人々だった。これはすごいことです。
 でも、阜陽市裁判所の独自の審理権は上部の行政機関の強い関与を受けている。多くの司法間は供応あり、収賄を紹介しあい、裁判所内は、あからさまな「賄賂の取引市場」になっていた。そこは、「お役所の門は開けても、お金のない者は入るべからず」であっただけでなく、大胆不敵な汚職司法官たちは、「訴訟ごろ」の弁護士や「訴訟屋」たちと結託して、大きなブラック・ネットワークをつくっていた。法をその手に握る彼らは、飲む打つ買うのやりたい放題、天をもあざむく非道のかぎりを尽くした。
 たとえば、重罪を犯した男を仮釈放し、その妻に土地を売らせて数千元を受けとり、そのうえ自分のオフィスで妻を強姦した。
 20数年のキャリアのあるベテラン司法官は、職位を利用して、少なくとも6人の当事者の親族と肉体関係を結び、その中には、多数の少女を強姦・輪姦した凶悪犯を逃がしてやるとして、その母親と関係に及んだ事実もあった。
 阜陽市裁判所の歴代所長3人が汚職取り締まり捜査で摘発され、起訴された。
 なんということでしょう・・・。
 中国では、全国人民代表大会を最高国家権力機関とし、権力分立を否定する体制をとっている。そこで、裁判官が裁判において憲法を根拠に国家公権力の行使を抑制することを認めていない。
 なかなか中国の前途も多難だと思いました。
(2009年10月刊。2800円+税)

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