弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年7月29日

最高裁調査官報告書~松川裁判における心証の軌跡

司法


著者:大塚一男  出版社:筑摩書房(昭和61年)


 昭和24年、福島県の国鉄松川駅で、レールが外れ、蒸気機関車が脱線転覆し、多数の死傷者が発生する事件が起きた。折しも、共産主義の防波堤として大量解雇を進めていたGHQと、これに反対する日本共産党が対立し、騒然たる社会情勢であった。捜査機関は、日本共産党の指導のもとに東芝労組と国鉄労組が企図した思想事件と見立てて、組合員20名を逮捕・起訴した。その後、死刑を宣告された被告らは上告と差戻しの波間に翻弄されたが、最終的に全員無罪となったことは、周知のとおりである。


 本書は、松川弁護団に所属していた著者が、無罪判決確定後にたまたま最高裁調査官の報告書を入手し、そこに現れた調査官と裁判官のそれぞれの心証の変化を実体験に基づいて克明に描写した作品である。


 報告書を作成した調査官は言う。「私は最高裁調査官として約100冊にわたる訴訟記録と20数冊に及ぶ上告趣意書を検討するのに2年近くを費やし、私なりの結論に到達した。大衆動員による不当な世論の形成にブレーキをかけると共に、この裁判に対する国民の抱く不安をできる限り取り除くことが、公正な立場で記録を精読した者の義務である。」


 報告書は、このような視点と方向性から書かれている。しかし、結局、無罪になった。最高裁の裁判官が調査官の報告書をどのように利用し、どのように評議を行い、どのように結論に到達したのか、その道筋が、15人の裁判官の人間像も加味して描かれている。そしてまた、そのような裁判所の仕組の深奥を知らぬまま、無罪を勝ち取るまで14年間の長い法廷闘争を続けた松川弁護団の苦悩が描かれている。私ども弁護士がその一端を担っている司法の職責の重さに思いを致さざるを得ない。


 今年に入って仕事が減った。周りの弁護士も同じことを言う。不況の影響がこの業界にも及んできたのであろう。したがって時間があり、勉強のためと称して本をよく読む。さて、今度は何を読もうか。

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