弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年6月 6日

もうひとつの剱岳・点の記

社会

著者:山と渓谷社、出版社:山と渓谷社

 明治40年、前人未踏の山・剱岳に挑んだ男たちを描いた映画「剱岳・点の記」の撮影のときの裏話と写真が満載の本です。
 ラストシーンに手旗信号が出てきます。これは、原作にはありません。木村大作監督のアイデアでした。遠くにいる人にも心は通じるという思いを込めたこのシーンは、本当にいちばん最後に撮られた。なーるほど、よく撮られた、感動的なシーンでした。
 映画制作に2年、ロケで200日は山に入った。機材を持って自分の足で歩き、自分の荷物は自分で持つ。山小屋では雑魚寝だし、テントにも泊まる。
 ロケ中は、撮影場所まで行くのが一番大変だった。主人公の柴崎芳太郎が測量した27ヶ所のうち22ヶ所をまわった。片道9時間もかけて現場へ行って、撮影したのは2カットだけということもあった。
 撮影の途中でスタッフがケガをした。これによって、山には危険がつきもの。無理をしてでも行きましょうという案内人・長次郎の台詞が生まれた。
 木村監督はヘリコプターをつかっての空撮はしなかった。ヘリでは風景になる。ドラマは感じない。歩いて、人の目線で撮ると、それだけで、ドラマになるんだ。
 撮影は瞬発力。準備も、技術も、理屈も、考えている時間はない。いきなりトップギヤで突っ走るしかない。自然も待ってはくれない。
 新田次郎について語った娘の話。マスコミによく登場する歴史学者が手に山ほどの本をかかえて、新田次郎にこう行った。
 「いいですねえ、小説家さんは。ペンと原稿用紙さえあれば書けるんですから」
 新田次郎は次のように言い返した。
 「いいですねえ、学者さんは。本さえあれば書けるんですから」
 新田次郎は、歴史学者は史実を正確に把握、読解し、言い表さなければならない。小説家は、その史実と史実の間に埋没している人間の苛烈な深層心理を書くのだと言いたかったのだろう。
 モノカキ志向の私には、この深層心理を書くという点が課題だと痛感しています。
 剱岳の神々しいまでに美しい写真の数々に魅せられてしまいます。でも、寒さに弱い私は、それに勇気もありませんので、写真をじっと眺めるだけで良しとしておきます。
(2009年7月刊。2000円+税)

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