弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2010年5月27日
スターリン(下)
ロシア
著者:サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ、出版社:白水社
赤い皇帝とは、よくも名づけたものです。ここに登場してくる人物は、社会主義とか共産主義とか、そんな思想とは無縁の皇帝と、仁義なき暗闘とくり広げる側近たちの醜い権謀術数の行方でしかありません。ソ連では社会主義の端緒もなかったのではないでしょうか。
そして、軍事指導の天才と持ち上げられたスターリンが、実は、軍事に関してまったく無能であり、部下の有能な将軍たちに嫉妬し、次々に失脚させて銃殺していったという事実は恐ろしいばかりです。
ロシア(当時はソ連)の善良な人々が独ソ戦争で大量に殺害された責任はスターリンその人にあるということです。
今のロシアにはスターリン再評価の動きがあるそうです。それは理解できます。だって、何でもアメリカ並に自由化してしまったら、年金生活者をはじめとする弱い人々は生活が成り立ちません。福祉・教育を昔のように充実してほしいというロシアの人々の願いは当然のことです。でも、だからといって、スターリンの圧政が良かったなどと本気で思う人は、ごくごくわずかでしかないと思います。そんな、ごく少数の人は、スターリンの圧政下で甘い汁を吸っていた特権階級の生き残りでしょう。
独ソ戦争が始まったとき、スターリンはヒトラーを信頼しきっていたので、しばし茫然自失の状態だった。
ソ連を救ったのは、極東軍である。日本にいたスパイのゾルゲから、日本が当面、ソ連を攻める意思がないという情報を得ていたので、極東軍を独ソ戦にまわすことにした。 40万人の兵員、1000両の戦車、1000機の飛行機がノンストップ列車で西へ緊急移送された。戦争全体を通じてもっとも決定的な意味をもつ兵站作戦が奇跡的に成功した。
スターリンの間違いの本質は、その途方のない自信過剰にあった。十分な戦力を確保する前に大規模な反撃作戦に出るという性急な戦術は、モスクワ防衛戦の勝利を生かすどころか、逆にドイツ軍側に一連の戦術的勝利を献上し、最終的にはスターリングラードの危機を抱く結果となった。スターリンが側近の軍事的アマチュアに大きな権限を与えたことは事態の改善に少しも役に立たなかった。
スターリンは、無能で腐敗した酔っ払いの司令官に代えて、腐敗こそしていないが同じく無能で偏執狂の司令官を送り込んだ。
スターリンは、報告の嘘を見抜くことにかけては天才的だった。自分の任務の状況を完全に把握しないでスターリンの前に出る者には禍が降りかかった。
スターリンは軍事的天才ではなく、将軍レベルでさえもなかった。しかし、卓越した組織能力があった。スターリンの強みは、生まれつきの知性、専門家としての本能、そして驚異的な記憶力だった。
スターリンの重臣たちは、権力と補給物資を求めて、互いに激しく争い、また、将軍たちとも争っていた。恐怖と競争の世界で暮らしていた重臣たちは、常に相互に嫉妬心を抱いていた。
ベリヤは、強制収容所の囚人170万人を奴隷労働に駆り出し、スターリンのための兵器生産と鉄道建設に動員した。ソヴィエト製飛行機は劣悪な性能によって、戦争で失われた8万300機のうち半分近くが墜落していた。
モロトフの妻もスターリンによって監獄に入れられたが、助かったあと、娘にこう語った。監獄暮らしに必要なものは三つ。身体を清潔に保つための石鹸。お腹を満たすためのパン。元気を保つための玉ネギ。
朝鮮戦争のとき、スターリンは、毛沢東をアメリカとの戦争に追いこんだが、ソ連空軍による支援の約束は、ついに与えなかった。38度線で戦争が膠着したとき、スターリンは和平の合意を認めなかった。消耗戦こそ、スターリンの望むところだった。スターリンは、こう言った。
「北朝鮮は永久に戦い続ければいい。なぜなら、兵士の人命以外に北朝鮮が失うものは何もないからだ」
いやはや、スターリンにとって人命の軽さなんて、どうでもいいことの典型なんですね。恐ろしい人間です。
ソ連の強制収容所に入れられた囚人は、1950年に最大の260万人に達していた。それでも殺されなかっただけよかったということなのでしょうか・・・。
なんとまあ、とんだ赤い皇帝です。ソ連の崩壊は必然でした。
(2010年2月刊。4600円+税)
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