弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年4月29日

山田洋次を観る

社会

著者 吉村 英夫、 出版 リベルタ出版

 日本の大学生も、まだまだ捨てたもんじゃないなと安心できる思いのする本です。
 山田洋次監督のつくった映画を大学の教室で見て、教授からその解説を聞き、さらに学生同士でディスカッションできる。なんてすばらしい授業でしょう。羨ましい限りです。この学生たちはみな幸せです。
 この本には、授業に出た学生の感想文が紹介されていますが、それがまた実によく出来ています。なんといっても感受性が鋭いのです。感嘆、感心、感激というしかありません。その学生たちの前に、本物の山田洋次監督が登場し、対話形式による公演が展開します。
 山田監督のつっこみが実に鋭い。学生たちがオタオタするのも無理はありません。うーん、私だったらなんて答えるかなあ……。自信ないなあ、と、つい頭を抱えてしまったことでした。
 映画『男はつらいよ』は、観客を教化するという姿勢をもたない。人間は善なる存在であり、人と人とはつながっており、家族の絆が人間社会の原点であり、仲間たちがいつくしみ信じあうところから、心休まる世の中は生まれてくるという作者の心情がにじみ出ている。
 映画は、もちろん楽しむために観る。音楽は楽しむために聴く。小説は楽しむために読む。これは当たり前のこと。でも、どういうふうに楽しいかという問題がある。楽しみの質の問題がある。そして、人を楽しませるには、すごい才能と努力と修練がいる。
 『男はつらいよ』の第1作で、さくらが兄に対して結婚したいと言ったときの渥美清のシーン。最初は10秒だったのを、2秒のばすためだけで大騒ぎして撮影した。
 この2秒にこめられたさまざまな思い。ああ、妹が俺に許可を求めている、俺が妹にいったい何をしたのだろうという、そんな寅の後悔と悲しみと、もう一つは喜び、ああ、妹がこんあ幸せな顔をしている、ああ、よかったんだ、そんな内面の葛藤をこの12秒の画面で表現した。
 映画は、そんな想像力を観客に伝える芸術なのである。
 うむむ、たしかに、寅の顔はすごく微妙な表情です。なんとも言えません……。
 大学生の反応が生き生きと伝わってくる本です。それ自体に感動します。良い映画は、10年とか20年たっても、感動があせて消えてしまうことはないのですよね。
 私が『男はつらいよ』第一作を観たのは1969年5月のことでした。五月祭のとき、大教室で観たのです。大爆笑でした。1年近くの大闘争後、まだ殺伐とした雰囲気の色濃い大学で、清涼感あふれるさわやかな風が吹き抜けていきました。
良い本です。一気に読みました。
 
(2010年1月刊。2200円+税)

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