弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年3月26日

世事見聞録 その2

司法(江戸)

 江戸時代でも借金取立は苛酷なものがありました。武士はこの点でも泣かされていたのです。
「借り手は右体の不始末にて返すべき手段なきに、様々利口弁舌虚偽計略を尽し、借りる時は神仏の如く敬ひ、返す時は仇敵の如く悪(にく)むなり。借りたるものは貰ひたるものの如く心得、返すべき心底更になく、もし返す時は奪ひとらるゝ如く、呉れて遣はす如く心得るなり。また貸し手は猶更心底悪しく、いさゝか心切にて人の難儀を見継ぐにあらで、利足を奪はん為の強欲にて、少しも誣げとるべき目当てあるものへは、困窮ものまた不実ものをも恐れず、相手の見嫌ひなく、高利を貪り、もし元利の返済方違ふ時は、強催促、途中催促など、悪口雑言に及び、又は頭支配などへ訴へ出で、種々の事を申し懸けて恥を与へ、或は奉行所へ願ひ出で難儀を懸け、真に双方不実同志の所業、敵同志の掛引きに似たり。」
「体家士の困窮を付け込みて、金銭を貸す業体のもの余多ありて、座頭或は高利貸・日成(ひなし)貸などと唱ふる者も入り込むなり。然るに今日を凌ぎ兼ぬるに任せて、幸ひに右の高利なる金銭を借り、後の難儀ども見かへりなく急場を凌ぐなり。さてその利倍に責められて、終に勤め向きも出来兼ぬる仕合せになり、或いは虚病を構へて引籠り、又は返済滞りの筋にて留守居役・目付役などへ届け出られ、表向きの沙汰になりて押し込められ、また品により永の暇にもなり、或いは門前払ひなどになり、またその身に堪へ兼ねて出奔などいたす族もあり」
 「依つて右体借金の筋を奉行所へ訴へるなどいへば、何より以て恐れて、たとひ今日の食料を欠きても利足などを入れ詫言いたし、甚しきにいたりては老父母及び妻子の衣類を剥ぎても済ます事なり。その償ひ出来兼ぬる時は大体身分に過失を得るなり。その行跡を見込んで、貸付業のもの諸家中へ入り込むなり。借金の筋にて侍の身分に拘るなどは、余りとやいたましき事どもなり」
 「金貸しの流行するは、世に非道の起る基、貧人を拵(こしら)ふる基なり。また月なし銭・日なし銭・損料貸し・烏金(からすがね)などの貸し方あり。これは身薄なる貧人に貸して、殊のほか高利なる者なり。烏金といふは、朝烏の鳴く頃貸し出して、夕晩烏の塒に帰る頃取り返すをいふ。わづか一日の融通に1ヶ月に当る高利を取るなり。損料貸しといふは、衣類・夜具・蒲団・蚊帳など、一日何程といふ損料を極めて貸すなり。貧人はこれを借りて、それを又質に入れ、日々の損料と利の二重に費すなり。当世悪人は右体世に逢ひて金貸しとなり、わづかの金銭を忽ち大金に育て上げ、遣り上げ、善人は時世に後れて金銭を借り、利に利を奪はれて、忽ち貧人となり行くなり」
 「当世、貸借の筋にて、世の中の混雑大方ならず。公事訴訟も十に八九はこの筋の事なり。くれぐれも貸借は貧福の偏る媒(なかだち)にて、悪人は貸し手となりて身を労せず、結構に過ぎ行く者多く出来て、人情鬼の如くにして、恩がましく毒を与へて利を貪り、善人は借り主となりて餓鬼道に堕ちたる如く、折角金銭を借りて一時を凌がんとすれば、忽ち炎々となりて、高利を取られ身を焦がすなり。右体鬼の如く行勢をなしても、もし滞りたる時は、或は家蔵を取り立て、又は家財・雑具・衣類・鍋・釜など押し取りにいたし、また妻娘などを売らせても取る。なほ届かざる時は、公辺へ訴ふるなり。借りては奉行所の詮議に逢ひ、身上のありたけを責め取られ、手鎖または牢獄の苦患に及び、親類または証人等までも困難に陥るなり。これまた吟味役人は、鬼の如くになりて、取り立てるなり」
 「今の座頭は、先づ官金と唱へて、貧人に金銭を貸し附け、高利を貪り、或は利足一割二割を取る。また礼金と号して、これまた一割二割を取る。右の礼金・利息とも、貸し附ける時、本金の内にて引き取るなり。また証文は無利足にて、預り金の積りなどにて、もし返済滞りたる時は、右の預かり金の威にて取り立てるなり。その上僅か三ヶ月四か月の期月にて貸し附け、その期月に返済出来兼ぬる時は、また証文を書き替へ、新しき貸金に直し、その度毎に最初の如く礼金を取り、利足・月踊りなどいうて、一箇月を二三箇月となし、また月なし・日なしなどの極めにて、強欲非道に貪るなり。よって借りたる者は、利金・礼金・月踊りに引き落され、一箇年の内には本金の倍増しにも費えるなり。右体強欲非道を行つて、官職に有り付く事を今の風俗となり、当時の座頭の仲間に入り、初め半折懸(はんおりか)けとなるに、金拾両といふ」
 「貸金の滞りたる時、先づ武士ならば、玄関の真中へ上り、声高に口上を述べ、居催促・強催促など云ひて、外聞・外見を構はず、また町家ならば、いかにも近所合壁へ聞ゆるやうに、悪口を並べ罵るなり。さればとて、全体借りたる筋が不義理になりたる上なれば、何程の事にも言葉返しも出来ず、もし云ひ返す時は猶更募り立つ故、何も尤もと会釈するの外なく、たとひ騒ぎたりとも、縛りもならぬもの故、それを見込みて強気に構へ、もしまた少しにても手を付くれば、大騒に申立、身体を傷つけしなど申し懸け、又は身の官職など唱へて、難渋を申し懸くるなり。尤も盲人にも限らず、当世流行の高利貸、日成貸の類はみな右似寄りたる流儀にて、やゝともすれば、人々の持て余すやうに仕懸くるものなり。そのうち目明きは少しは人情にて持ち合ひし所もあるゆゑ、左様にはなく、勘弁の品もあるなり。盲人はいはゆる無面目に仕懸くるなり。借り手は右の外聞外見を厭ひて、或は今日の食糧を欠きても調進いたし、或は老人小児などの衣類を脱ぎとりても返済する事になれり」
(続)

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