弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年12月25日

国境なき医師が行く

世界(アフリカ)

著者 久留宮 隆、 出版 岩波ジュニア新書

 すごいです。偉いです。勇気があります。感嘆しました。40代の日本人男性医師が国境なき医師団(MSF)に加わり、アフリカに渡ったのです。この本では、アフリカ西海岸にあるリベリアの首都モンロビアに3カ月間あまり滞在したときの体験記がつづられています。いやはや、すごい体験記です。勇気のない私にはとてもまねできそうもありません。
 アフリカに渡ると、まもなく(著者は5日目)下痢するとのこと。すると同僚の医師に笑顔で「アフリカへようこそ!」と告げられたそうです。やっぱり、水が合わないのでしょうね。そして、仕事の疲れからか、脱水症状になり、危うく死にかけたのでした。
 もちろん、仕事をきちんとこなしています。日本にいるときには、手術は週に3日か4日、そして1日に2例か3例。ところが、リベリアでは、1日に5例か6例、それを週のうち5日間ぶっ通しでこなすのです。門外漢の私にも、そのハードさはなんとなく想像できます。はっきりいって、体力の限界に挑戦しているようなものでしょう。夜に産科の緊急手術が入ることがあるので、昼休みの1時間は貴重な睡眠時間だったというのですから、そのすさまじさが伝わってきます。
 そして、英語が十分に話せず、手術器具や薬品も十分ではないなかで、仕事に追いまくられるのですから、それはそれは大変です。
 そのうえ、医療チーム内には不協和音が生じます。アメリカやらフランスやら、いろんな国の人々が善意で参加しているのですから、そのまとまりをつくるのにも一苦労だったようです。そんな困難に耐えて、何カ月もよくぞがんばっていただきました。心から声援の拍手を送ります。パチパチパチ……。著者の次の言葉には、思わず襟を正されました。
 外科手術そのものに関しては、20年のキャリアを持っているから、どんなケースであっても集中し、あるレベルの精神状態にもっていく訓練はできているつもりだった。高校生のときからずっと剣道をやってきて、現在、五段。手術室に向かう心持ちは、剣道の試合にのぞむときのそれに通じるところがある。
 剣道の試合では、いかに自分の気持ちを落ち着かせるかが肝心だ。起こりうるさまざまな場面を想定し、どんな状況にあってもあわてふためくことのないよう、自分の中でシミュレーションして向かう。
 手術も同じで、どのような症例に臨んでも、気持ちを落ち着けて精神を集中することが必要だ。
 なるほど、なるほど、よくわかります。形こそ違いますが、弁護士にしても同じようなことが言えます。
 アフリカで診察したほとんどすべての患者に共通して言えることは、大変たくましいというか、苦悩すべき状況に対して受容する心の準備がとてもよく出来ているという印象を受ける。彼らの経験してきた戦争の悲惨さから比べれば、病気やけがなどは大したことではないのかもしれない。それでも、その気構えは、大したものだと言わざるを得ない。
 日本人の男性にも、こんなに勇気のある人がいて、しかも20年ものキャリアを持つ医師がアフリカに飛び込んで行ったというのです。心から敬意を表します。
 日本の若者のなかに、続いてくれる人が出ることを願います。

 
(2009年9月刊。740円+税)

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