弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2009年12月21日
手妻のはなし
江戸時代
著者 藤山 新太郎、 出版 新潮選書
日本の伝統的奇術を奇術師自ら紹介している本です。大変面白く、ぜひとも実際に著者の演じる手妻を見てみたいものだと思いました。
手妻、てづま、と読む。江戸から明治にかけて、日本ではマジックのことを手妻と呼んでいた。手妻とは、日本人が考え、独自に完成させたマジックのこと。
幕末に日本にやってきた欧米人が手妻を見て、その技術の高さ、演技の美しさに驚嘆した。たとえば水芸。水道も電気もない時代に、舞台一面に水を吹き上げる。それも、ただ水を出すのではなく、まるで舞踊の所作のように軽やかな振りによって太夫が自在に水を操るのだ。
蝶の曲。紙で作った蝶を扇の風で飛ばしながら、さまざまな情景を描く。
蒸籠(せいろう)。小さな木箱から、絹帯を次々に取り出し。その絹帯の中から蛇の目傘を何本も取り出す。
いやはや、文字で読むだけでは想像できませんね、ぜひぜひ、現物を見せてください。
手妻とは、手を稲妻の如くすばやく動かすことによる。いや、手のつま。妻は刺身のつまのように、ちょっとしたもの、添えものという意味で、手慰みとか手の綾ごとという意味である。手妻はマジックではない。魔法という意味はない。
朝鮮半島には伝統奇術がない。ええっ、本当でしょうか……?
タネと仕掛けが少しばかり説明されているのも、この本の面白いところです。
刀の刃渡り。刀は引くことによって切れるが、刃の上にまっすぐ足を乗せたときには切れにくい。要は、度胸がすべての術。そうはいっても、素人にはできない技ですよね。
火渡り。初めに地面を少し掘っておいて、そこに水を張って水溜りをつくっておく。その上に薪をはしごのように組んで、水溜りを隠すように並べる。その上に、さらに薪を並べて火をつける。火が下火になってから、上から清めと称してたくさんの塩とカンスイを撒く。これは熱を下げるのに有効。そのうえで、梯子の隙間を縫って水溜りを歩く。火はほとんどないし、下は水だから足は熱くはない。ただし、下手すると、大やけどする。
人間が生きた馬を飲み込んでいく呑馬術というものがあったそうです。その仕掛けが説明されています。
舞台背景は暗幕。舞台前にはずらりと面明かり(ろうそく)を並べる。その明りが眼つぶしとなって、観客には明かりの奥の舞台が一層暗くしか見えない。舞台上には顔まで黒布で隠した黒衣(くろこ)がいる。観客には、まったく見えない。
そして、手妻師(長次郎)は、手足顔すべてに鉛の粉末の入った高級白粉(おしろい)を塗った。光沢のあるものによって、暗い部屋で光を集める。そして、術者が馬を呑む演技をしながら、馬を徐々に黒布で隠していく。そのために、ベニヤ板のような大きな板を用意し、板には黒布を貼っておく。板の一部を三角形に切り取る。その三角形の凹んだところに馬の絵を近づけて、三角の裂け目に馬の顔をはさんでいく。観客から見ると、馬の顔は細くなったように見える。徐々にベニヤ板の裏側に隠していく。馬は三角形の切れ目の裏で黒布で覆っていき、それにあわせて、三角形の切れ目は首から胴と順に包んでいった。
これは口で言うのは簡単だが、演者と表の手伝い、裏の黒衣の3人がよほどタイミングを合わせないと難しい。馬は一切協力しないし、機嫌が悪いと暴れ出すから、演じるのは難しかっただろう。
なんとまあ、そんな仕掛けだったのですか……。それにしても、よくできた仕掛けですね。
手妻師の舞台は、一日の売り上げが40両。今日の400万円だ。当時、小作百姓は1年に1両の貯金がやっとだった。ということは、すごい売上だったわけです。
手妻は不思議なだけでは芸にならない。全体を通してしっかり形がとれていないと芸にはなりえないものである。そうですね。
手妻を覚えたい人のために伝授屋(プロの指導家)がいて、伝授本(手妻の指導書)が売りに出され、手品屋(今日のマジックショップ)まで存在した。江戸時代の人はオリジナリティー豊かであった。ふむふむ、なるほどですね。
江戸町内に、寄席が500軒もあった。江戸の町の2町にほぼ1軒の割合だった。
二羽蝶が生み出され、ストーリーが生まれた。人生を語り込むストーリーだ。二羽蝶になることで、それまでは単なる曲芸でしかなかった蝶の芸が、蝶の一生を語る物語になった。
いやはや、なんとも奥の深い芸なんですね。こんな素晴らしい本を書いていただいてありがとうございます。ぜひぜひ実際の芸を今度見せてください。よろしくお願いします。
(2009年2月刊。1600円+税)
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