弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2009年9月 7日
山本周五郎、最後の日
社会
著者 大河原 英與、 出版 マルジュ社
山本周五郎は、直木賞はもとより、毎日出版文化賞、文芸春秋読者賞など、すべての受賞を辞退した。
八百屋や魚屋が、野菜や魚が売れたからと言って、客以外の人間から褒美をもらういわれはない。それと同じじゃないか。
うーん、ちょっと違う気がするんですけどね……。やっぱり文化って、野菜とか魚とは少し違うんじゃありませんかね。
周五郎は、戦前のうち、戯曲、少女小説、童話、時代小説、現代小説、推理小説など、広いレパートリーを書いていた。年に平均30編もの長編や中編の作品を書きまくった。仕事が早いし、小説はうまかった。
山本周五郎は、人が生きる喜びを書くと同時に、その苦しみ、はかなさ、むなしさを描きうる作家だった。周五郎は小説を書くために生まれ、小説を書き尽くせぬままに、その生涯を終えてしまった。
周五郎にとって、原稿料は、出してくれる雑誌社・新聞社の、自分の仕事に対する信用状みたいなもの。自分はそれを決して裏切らない。だから相手にも、その誠意を要求する。考えているだけの報酬を出さない会社なら、いつでも縁を切る。
前借りの効用は、自分で自分をしばること。貸してくれた会社に対する義務間で自分自身をギリギリまで追い込む、それによって必ず良い作品ができあがる。
周五郎は、作品は担当編集者との共同作業と考えていた。常に担当者にあらすじを話し、その応答を見ながら作品を作り上げていく。一見すると関係のないような会話でも、担当者の応答は周五郎の中では確実に作品の滋養となっていった。
周五郎は、担当編集者にこれから書く作品のプロットを話し、それが面白いかつまらないか、担当者の率直な意見を聞こうとするのが常だった。もちろん、担当者としては、そんな小説はつまらないなどとは、口が裂けても言えない。周五郎が本当に面白くなりそうな話ぶりで語るので、つい釣り込まれるようにして「よろしくお願いします」と答えてしまう。
周五郎は先刻承知のうえ、本当に担当者が興味を持って答えているかどうか、鋭い透視力を駆使して観察していた。
自分の小説は、ジャーナリズムの条件にしたがって書くのではなく、自分の条件で仕事をする。
山本周五郎の本は、司法修習生のとき、修習生仲間の庄司さん(現在、石巻市で弁護士)にすすめられて読みはじめ、たちまちトリコになって次々に読みふけりました。あの、なんとも言えない、しっとりした情感がたまりませんでした。心の渇きを大いに癒してくれる本でした。それは、藤沢周平と似ていますが、また少し違うのです。
スイスに行ったとき、これまではスイス・パスといって、1週間通用するパスを事前に購入していました。初日のスイスの駅で、駅員さんに日付を記入してもらって、その日から1週間使えます。これは駅の窓口でそのつど並ぶ必要がありませんので、その都度、切符を求めて並ぶ必要がありませんので、時間を惜しみたい旅行客には欠かせないものになります。
ところが、今回は最大1週間の旅行でしたので、手配してくれた旅行代理店が、気を利かせて3日間有効のフレキシーパスを用意していました。これは、連続して3日ではなく、たとえば1週間のうちの3日間だけ使えるというものです。
スイスでは、フランスでも同じですが、日付の刻印をする機械はあるものの、必ず車掌が検札に来るとは限りません。ですから、検札にあわないと1日もうかることになります。あいにく今回、私は毎回車掌の検札を受けました。すると、ポストバスに乗る前に3日間のフレキシーパスを使い終わってしまったのです。さあ、どうしましょう。ディアヴォレッツァ展望台に行くときに、スイスパスの3日間を使ったわけでした。そこで、サンモリッツの駅に行き、追加料金を支払いたいと申し出たのです。ところが、窓口に座った若い女性は、大丈夫だ、このパスでまだ行けると太鼓判を押してくれました。そんなはずはありません。私が、つたない英語で(フランス語は使うなとその女性から申し渡されていました)繰り返すと、「じゃあ、明日また来てね」というのです。私も、彼女ではダメだと思って、出直すことにしました。
翌朝、きのうの女性に再びあたったら困るなと思っていると、別の中年男性に当たりました。今度はフランス語でなんとか通じました。彼は、いろいろ調べたあげく、やはり追加料金が必要だということで、料金を提示してくれましたので、言われた金額を支払い、チケットを受け取りました。
ポストバスに乗るときに1人スイスフランを支払う必要があると日本語で言われていましたが、駅の窓口で支払っていたおかげで、バスに乗るときには支払不要でした。
フレキシーパスというのは、効率が良すぎて困ることがあるということです。やはり、少々のアソビは必要だと痛感したことでした。
それにしても、駅員の対応にも質の違いがあるのですね。
(2009年6月刊。1800円+税)