弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年8月10日

御者

アメリカ

著者 ホルヘ・ブカイ、マルコス・アギニス、 出版 新曜社

 面白い対話集です。アルゼンチンの作家二人が、各地で開いた討論会を編集しています。聴衆参加の対談ライブです。変わった形式ですが、日本ではこんな本はちょっと思いつきません。
 英知とユーモアあふれる対話集とオビに書かれていますが、まさしくそのとおりです。人生とは、いったい何であるのか、さまざまな角度から例証があげられていますが、その大半が爆笑ものです。といっても、笑ってすませるものではありません。腹を抱えて笑いながらも、よくよく考えさせる内容ばかりです。その例証をあげたいところですが、ぜひこの本を読んでみてください。
 ヒトは人間として生まれるのではない。さまざまなプロセスを経て人間になっていくものだ。
 メキシコでは、女性は男性が変わってくれると信じて結婚し、男性は女性が決して変わらないと信じて結婚するといわれている。その、どちらも間違いだ。
 離婚した親を持つ子どもは傷つく。しかし、離婚しないけれど家族という枠の中で不自然な演技をして暮らす両親の下で育った子どもは、神経をすり減らし、不安な気持ちにさせられ、ひどく悪影響を受ける。強い恐怖心、不安、罪悪感、自分に対する怒り、自己信頼の低さ、決断に際する自信の欠如などが生まれる。
 成功者を目ざす人は、フラストレーションに陥らないよう、難易度の低い目標からはじめ、成功体験を積み重ねていくべきだ。
 ヒトを人間にしたのは言語である。言語はたった一つの目的のために出現した。それは他者とのコミュニケーションである。そして、人は何のためにコミュニケーションをとり合うのか。その唯一の理由は愛である。幸せは、人が自分の望んでいる一つひとつのものごとに対して、最善を尽くしていると実感しているときに現れる。人生において何かを試みるとき、極端に常識はずれではない夢を持ち、欲深さからではなく、野心からでもなく、自分の資質の発揮を妨げず、他人と分かち合う可能性を出し惜しみせず、夢を達成しようと、できる限りのことをするような状況に直面している、そんなときに幸せは現れるものである。
 幸せとは歌ではなく、むしろ自分は歌がうたえるという事実を認識することにある。
 探究者の幸せは、道を歩き続けること、日々の暮らしの中で何かを見出そうと試みること、活気溢れる人生を歩き、人生に触れ、そして悩むべきときには悩むことだ。
 油のシミを油で消そう、インクの染みをインクで消そうと考える者は誰もいない。しかし、血の汚れだけは、さらに多くの血によって消し去ろうとする。
 人間は、人間にとっての狼である。人間と比較したら、狼など可愛いもの。なぜなら、狼は敵に傷を負わせたら、そこで戦いを止める。それに引き換え、人間は敵に傷を負わせたとき、相手を殺し、さらし者にするまで戦いを続け、その後、相手の過去さえも中傷する。人間の残酷さは狼を優にしのいでいる。うむむ、なるほど、そうなんですよね。実に鋭い指摘です。
男性も女性も、同じように暴力的であり、また情愛に満ちている。すでに女性の大統領や首相、国務長官も出ている。かといって、それによって世界が目立ってよくなったというわけではない。
 麻薬の依存症に陥ってしまう人には、愛情が不足している。だから、何かに依存することによって、悲しい心の隙間を埋めようとしているのだ。
 大変示唆に富む本でした。『マラーノの武勲』(作品社)の著者のおすすめによって読みましたが、実に示唆に富む良い本に出会うことができました。ありがとうございます。この書評を書き続けている楽しみの一つです。

(2009年6月刊。2800円+税)

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