弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年4月16日

派遣村・何が問われているのか

社会

著者 宇都宮 健児・湯浅 誠、 出版 岩波書店

 「年越し派遣村」ほど、近年、私の心をうったものはありませんでした。私が毎月1回は通っている日比谷公園が、年末年始に派遣切りでホームレスになった人々などの救いの場となったわけです。テレビをまったく見ない私ですが、新聞を読んでいるうちに、九州の地で安穏としていいのか、という気になっていました。近くだったら、私も駆けつけて、少しはお手伝いくらいしたと思います。それくらい、居ても立っても居られない、切羽詰まった気になったのでした。
 実際、この派遣村に実行委員として関わった主要メンバーは、年末年始のあいだ、まともに眠れず、食べるものも食べずにがんばったようです。すごいものです。ついつい大学生時代、学園闘争の、それなりに厳しかったころのことを思い出してしまいました。もちろん、そのころ私は20歳前で、気力も体力もありましたから、少しくらい食べず、眠らずでも大丈夫でしたが……。
 貧困問題の主要な課題の一つは、可視化にある。見えないことから、貧困問題が「ない」ことにされてしまう。見えるようにさえすれば、誰も放置できない課題であることは明らかだから、対応がなされる。見えるようにすること(可視化)が、貧困問題の解決に向けた第一歩になる。派遣村は、そのことにかなり成功した。そして、このことは、現代の貧困の「見えにくさ」を痛感させる出来事であった。
 これは、湯浅誠氏の指摘です。その講演を私も聞いたことがありますが、決して激することなく、冷静・沈着な態度を崩さない話ぶりに、かえってほとばしる熱情を感じたものです。
 見えない貧困、しかし、現実にそこにある貧困。この事実を、私たちは正視すべきです。この本は、現代日本の抱えている深刻な状況を、実に分かりやすく目に見える形で教えてくれます。
日比谷公園には、もともと20人の野宿者がいる。近くの東京駅周辺には50人の野宿者がいる。
 派遣村の場所設定でについては、厚生労働省の目の前にある日比谷公園が最適だということになった。都心の日比谷公園は規制がきびしく、テントが張れない場所としてよく知られていた。そして、野宿者への炊き出しも行われていなかった。
 結局、派遣村にやって来た人は505人。女性は非常に少ない。ボランティアとして登録した人は1692人。のべ数千人になる。カンパは4400万円。リンゴ1.8トンなど、食材などの物品カンパも多かった。
 企業の違法行為の結果、多くの被害者が路上に放り出されてしまった。ボランティアと税金によって、企業の違法行為の尻拭いをさせられ、違法を行った張本人は何の責任もとっていない。そうなんです。トヨタもキャノンも、奥田も御手洗も、涼しい顔をして他人事(ひとごとのように自己責任だといいつのるばかりです。そのくせ日本人には道徳心が欠如しているなんて言って、子どもたちに道徳教育を押しつけているのですから、呆れるほどの厚かましさです。日本の財界人には道徳心はかけらほどもないのか、と叫びたくもなります。
 生活保護を受けようとすると、世の中の反応があまりにも冷たいことも指摘されています。甘えているというものです。私は、ヨーロッパのように、若い人が失業したら、次の仕事が見つかるまで何年でも失業保険をもらえるか、生活保護を受けられるように日本もしたらいいと思います。もちろん、年輩者には十分な年金が保障されるというのが必要です。そんな夢のようなことを言うな、という人がいるかもしれません。でも、それを実現するのが政治の役目ではないでしょうか。
 この本の面白いところは、派遣村に裏方として関わった実行委員の人たちの苦労話です。
 年末年始だったので、不足したテントを探すのに苦労したこと、せっかく見つけても運搬するトラックの運転手が確保できなかったこと。6人用テントを用意したけれど、持ってきた荷物と布団で4人が限界だったので、20張のテントに80人しか収容できなかったこと。テントを張るとき、下に石があると痛いし、平な場所が少なくて苦労したこと。実行委員は炊き出しにありつけず、寝るのもテントで寝れず、手足の先が凍傷になりかかったこと、などなど、その大変な苦労が伝わってきます。年末年始をいつものようにぬくぬくと過ごした私など、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
 そして、派遣村にやっとの思いで辿り着いた人の実情のすさまじさには息を呑んでしまいます。浜松から歩いて日比谷公園までやってきたとか、三日三晩、何も食べずにやって来たという人たちがいたのです。そして、派遣村で炊き出しを食べたら、とたんに体調を崩してしまう人が続出したのでした。
 これが豊かな国ニッポンの現実なのですね。改めて、その深刻さが伝わってきました。
 結局、派遣村にたどり着いた500人のうち、300人が生活保護を受けることになりました。それでも、外国人労働者や女性については、ほとんど手つかずというのです。
 派遣切り、ホームレス、野宿者の問題というのは、日本国民全体で考えるべき問題なんだということがよく分かる本でした。
 ホームレスの人は働く意欲がないという誤解がまかり通っているが、それは間違いだと強調されています。ぜひ、あなたも読んでみてください。ここに書かれていることは、まさに日本の現実です。私は、大学生のころから貧困問題に関心を持ってきましたが、現代日本にいまある貧困に光をあてた派遣村のことを知りうる、いい本が出たと、しみじみ思いました。
 
(2009年3月刊。1200円+税)

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