弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年4月 3日

ペーターという名のオオカミ

ヨーロッパ

著者 那須田 淳、 出版 小峰書店

 私はドイツに2回だけ行ったことがあります。はじめは黒い森(シュヴァルツヴァルト)の酸性雨の被害調査です。今から20年以上も前のことでした。なるほど、黒い森の一角が立ち枯れていました。自動車の排ガスのせいだろうということでした。
 実は、このとき私が驚いたのは、そのことではありません。苦労して登っていった山の上の辺鄙なところに実に立派な山小屋レストランがあったことです。
 そこには、たくさんの老若男女がつめかけていて、昼から美味しい料理とビール、そしてワインで盛り上がっていました。ドイツ国民は山歩きが好きなんですね。ワンダーヴォーゲルという言葉(私の学生時代は、ワンゲルと略称していました)を実感しました。
 そのとき、実のところ私たちはズルをして車に分乗して山を登ったのですが、山小屋にいた人々は、もちろん、自分の足を頼りに登った人ばかりです。当然のことながら、まわりには私たちの車以外、車なんて見当たりませんでした。
 そこのレストランで出た料理はまことに本格的なものなんです。もちろん、ソーセージも本物です。電子レンジでチンという、ありきたりのファーストフードでないことに、私は深く感動してしまったのでした。
 2回目はベルリンです。このときに驚いたのは、アメリカのイラク侵攻の直前だったのですが、それに抗議するドイツの高校生のデモ隊が延々と続いていたことです。うひゃあ、これはすごい。正直、そう思いました。私も大学生のときには数限りなくデモ行進に参加しましたが、高校生のときにはまるでノンポリでした。東京ではデモなるものをやってるんだねー……というくらいでした。ところが、ベルリンの高校生たちは、顔にアメリカのイラク侵攻反対のペインティングをやって、明るく元気に大通りをデモ行進しているのです。この元気を今の日本の若者にも持ってほしいものだと、つくづく思いました。
 ずいぶんと前置きが長くなってしまいましたが、この本は少年少女向けのようですが、いやいや私のような還暦も過ぎてしまったいい大人向けの本でもあると思いました。いかにもみずみずしい感性で書かれた本です。
 主人公は7歳のときからドイツのベルリンに住んでいる日本人の少年です。今は14歳になり、新聞記者の父親には7年ぶりに日本への帰国命令が下っています。主人公は、そんな親の都合には振り回されたくなんかないと、プチ家出をします。家出をした先は日頃から付き合いのある家庭。だから、親もそっと見守っているだけです。そこへ、オオカミの子が迷い込んできて、話はややこしくなります。
 うまいんです、その筋立てが……。そっかー、こういう風に筋を組み立てていくと読者は魅かれるのか。ついつい、作家志向の私など、一人合点しながら読み進めていきました。
 それにしても、現代ヨーロッパにまだオオカミがいたなんて信じられません。そのオオカミの生態を踏まえて、よくストーリーが描けています。しかし、なんといっても話に深みを持たせているのは人間社会の闇です。東ドイツがあったとき、人々がどんな思いで暮らしていたのか、ベルリンの壁がなくなるとは、どういうことなのか、よくよく考えさせてくれます。
 そして、自然のなかに生きるオオカミを大切にするということが、人間の自由と尊厳を守ることに通じることまで考えさせてくれるのです。
 少し気分転換してみたいというときにおすすめの本です。
(2003年12月刊。1800円+税)

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