弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2008年10月15日
アテネ最期の輝き
ヨーロッパ
著者:澤田 典子、 発行:岩波新書
アレキサンダー大王(この本ではアレクサンドロス大王)が活躍していた当時、アテネの民主政がギリシア最期の民主政として輝いていたということを初めて認識しました。
紀元前338年、フィリポス2世の率いるマケドニア軍とアテネ・テーベを中心とするギリシア連合軍とが激突した。カイロネイアの戦いである。このとき、マケドニア軍が圧勝した。
フィリポスは、自らが率いる右翼の歩兵部隊を後退させ、対峙するアテネ軍がこれを追って前進した。偽装退却と反転攻撃を組み合わせ、敵の戦列を撹乱して撃破するというフィリポスお得意の戦法にアテネ軍はひっかかってしまった。
ところが、この敗戦のあと、フィリポス2世は寛大な講和条件を示した。領土の没収も賠償金の支払いも求められず、アテネにマケドニア軍が駐留することもなかった。さらに、アテネの捕虜全員を無償で釈放した。このことによって、アテネでは、10数年間の「平和と繁栄」の時代が到来した。
アテネ民主制で重要な役割を果たしたのは、民会と500人評議会、そして民衆法廷である。市民の総会である民会は、アテネの最高評議機関だった。成年男子市民の誰もが民会に出席して発言する権利を持ち、平等の重さの一票を投じることができた。行政・立法・軍事・外交・財政など、ポリスに関わるあらゆる案件が年に40回開催された定例の民会で市民の多数決によって決められた。
民会は1万7000人を収容するディオニュソス劇場などで開催されていた。その審議を円滑にするため、民会の審議事項を先議したのが500人評議会である。評議員は、30歳以上の市民から抽選で選ばれ、1年任期だった。
民衆法廷のほうも、抽選で選出された。30歳以上の市民6000人が任期1年の陪審員として登録される。そのなかから、裁判の性格や規模に応じて、201人とか501人といった陪審員が選ばれて個々の法廷を構成した。判決は、陪審員の秘密投票による多数決で決まった。
このころ活躍したデモステネスは、弁論術の習得のため、血のにじむような努力を重ねた。たとえば、口の中にいくつかの小石を入れたまま演説の練習をして不明瞭な発音を直そうとした。坂を上りながら演説を一息で朗唱する。海岸で波に向かって大声で叫んで息や声量を鍛えた。役者から演技の指導を受け、大きな鏡の前で演説の練習をした。
だから、反対派は「デモステネスの議論はランプの臭いがする」と嘲笑した。夜通しの苦労がありありと分かるとケチをつけたわけである。いやあ、すごいですね。これから裁判員裁判が始まろうとしていますので、日本の弁護士も演技指導を受ける必要が出てきました。
マケドニアの王フィリポス2世は、ギリシア世界の王者として華々しい祝典を執り行っている会場で、衆人環視の中で暗殺された。暗殺者は、なんと若い側近の護衛官だった。フィリポスはまだ46歳であった。
このときアレキサンダーは20歳になったばかりだが、王位に就くことができた。
アテネで市民権を喪失すると、市民身分にともなって発生する公私の諸権利を喪失する。民会への参加、裁判を起こすこと、一定の公職に就くことが禁止され、また神域やアゴラへの出入りも禁じられる。
兵役を忌避した者、両親を虐待した者、姦通した妻を離縁しなかった者、国庫に借財を負っている者、偽証罪などで三度も有罪になった者は市民権を全面的に喪失する。
アテネの公的裁判は私訴が1日に複数の裁判が行われるのに対して、1日1件のみ。1件当たり6時間半もの時間が保障された。原告・被告の双方とも、弁論の持ち時間は2時間半前後だった。
再びアテネがマケドニア軍に敗北したとき(前322年)、マケドニアは参政権について一定の財産を持つ上層市民に制限するという寡頭政をアテネに押し付けた。参政権の財産資格は、2000ドラクマであった。これによって、1万2000人の成年男子市民が参政権を失った。財政の多寡に関わらずすべての市民が平等に政治に携わることを原則としていたアテネ民主政は、カイロネイアの戦いから16年たったクランノンの戦いでギリシア連合軍が敗北して終焉を迎えた。
しかしながら、アテネは前338年に独立国家としての地位は失ったものの、その民主政は前322年に突然終止符が打たれるまで強靭な生命力を持ってたくましく行き続けた。
アテネ民主政の様子を知ることができました。それにしても、小泉流のごまかしに民衆が踊らされることもあったようです。総選挙が近づいていますが、今度こそはその場限りの甘い言葉にごまかされないようにしたいものですね。
(2008年3月刊。2800円+税)
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