弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2008年9月24日
ハンドシェイク回路
社会
著者:田島 一、 発行:新日本出版社
いやあ、すごいすごい。ぐいぐい読ませる小説でした。現代の最先端企業の中で、何が起きているのか。エリート社員たちが過労死・過労自殺するのはなぜなのか。派遣社員ではない正社員がボロボロになるまで企業にこき使われている実態が克明に紹介されています。まさしく息詰まる展開です。ですから、ここには『蟹工船』のような悪臭のするドロドロした職場と暴力支配はありませんが、清潔で超近代的な職場の中でも企業の暴力的かつ非人間的な専制支配が貫いていることには変わりないことが分かります。
問題は、そのような状況に労働者たちが唯々諾々と従うだけなのか、反抗し起ち上がる可能性がまったくないのか、ということです。この本には、長年、大企業の中で思想差別を受けてきた団塊世代の労働者も登場します。いえ、実は、その人が主人公なのです。
大企業は、思想差別したことを裁判で認めて、差別撤廃を実行しました。だから主人公はプロジェクトチームに組み込まれ、過酷な労働現場に投げ込まれてしまったのです。定年間際なのに、納期に間に合わせるためには徹夜作業もこなさなくてはいけません。主人公の体調がおかしくなり、ついに休職・配置転換の申し出を決意します。
ところが、エリート社員の方も異変が起きていました。取締役間近の責任者は過労のために入院するし、現場の中心となっている東大卒の技術社員も心身に変調をきたし、一時は自殺願望まで持っていたというのです…。
電機メーカーの職場を克明に取材した小説です。迫真の描写にただただ圧倒されました。なにしろ、すごいんです。ぜひ、あなたも読んでみてください。職場の大変な状況がひしひしと伝わってきます。
差別是正のあとに、このような形で仕事の負担となって現れるとは、思ってもみなかった。というより、それは見えなかったというのが正しいのかもしれない。
タイムスケジュールで管理される開発の最先端の部隊に組み込まれると、個人としては時間がままならなくなってしまう。プロジェクトチームに入るというのはそういうことなのだ。
このような業務に無縁の扱いを受けてきた者にとって、年齢を経てから就いた第一線の場はかなり厳しいものがあった。
周囲の労働者が、ここまで働いているとは知らなかった。これまで、過酷な労働が牙をむいて襲い掛かってくることは決してなかったし、ある意味で差別という環境下で、自分は安全地帯にいたと言えるのかもしれない。だから、若者たちがこれほどまでに働かされ、仕事に絡めとられているという実態が十分に把握できていなかった。それが現実のものとして実感できたのは、プロジェクトチームの一員となって、責任を共有してからだった。
長い間、職場から排除されて、若者との接触が絶たれていた。それは、支配層には都合がよかった。だけど今、やっと若者たちと力をあわせてやれるときが来たんだ。がんばらなくっちゃ。
うん、うん、そうなんです。まったく同感です。団塊世代の私たちは、今こそ20代、30代の若者たちに声をかけ、一緒に行動していくべきなんだと思います。
現場の若者たちの心の闇は深い。だいたい何かを一緒にやって、それを実現させたという経験がないんだから、何をやっても燃えないんだよね。
この状況を変革しないことには、日本はいつまでたっても変わりません。アメリカにならってルールなき資本主義化に狂奔している日本ですが、せめてEU諸国のように節度ある人間尊重の資本主義国でありたいものです。今の大企業(メーカー)の最先端の職場の状況を知りたいみなさんに一読をおすすめします。
フランスで切手を買うのに苦労した話です。私は外国旅行に出かけたとき、ほとんど買い物はしません。なによりスーツケースが重くなるのが厭なのです。その例外は絵葉書です。これも貯まると重たくなりますので、切手を買って日本へ送るようにします。すると、日本に帰ってから、絵葉書を眺めながら、ああ、こういうことがあったな、これを見たねと思い出せる楽しみがあります。パリで切手を買おうとしたときのことです。自動販売機がありました。窓口には行列ができています。この自動販売機は送るものの重量を測らないといくらの切手なのか分からない仕組みです。それでマゴついてしまいました。そして一度に何枚も買えません。同じ操作を繰り返さないといけないのです。ところで、郵便局の出入り口には変なおじさんが待ち構えています。この人、誰なの。不思議に思いました。あとで、要するに物乞いの男性だったことが分かりました。誰か来ると、さっとドアを開けてくれるのです。来た人が、チップを素早く手渡す光景を見て、やっと思い当たったのです。
(2008年7月刊。2000円+税)
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