弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年6月27日

ジバク

社会

著者:山田宗樹、出版社:幻冬舎
 いまの勝ち組は、いつ何時、負け組に転落するかもしれない、そんな危うさをもっていることを立証するかのような寒々とした小説です。
 主人公は、初めは年収2000万円のファンド・マネージャーとして、格好よく登場します。年に1千億円を動かしている。住まいはJR恵比寿駅近くのマンション。賃料35万円。
 高校の同窓会でも勝ち組として誇らしげだった。ところが、昔あこがれの女性と不倫におちいり、いつのまにか禁じられたインサイダー情報に手を汚し、それが発覚してクビになる。
 ここから暗転が始まります。強いセレブ志向の妻に離婚を申し渡され、せっかくの預金はガッポリもっていかれてしまいました。そのときの妻のセリフは紹介するに値します。
 「あんな大学、行かなきゃ良かった。周りの友だちが、みんなお金持ちで、お父さんが大企業の社長だとか、外交官だとか、医者だとか、そんなのばっかり。学生なのにBMWやポルシェを乗り回して、ファッション誌でモデルが着てる服を当然のように着てきて、たまに家に遊びに行ったら、びっくりするような豪邸で、話をしてもわたしとは縁のない世界のことばかりで。わたしは必死に仲間のような顔をして愛想笑いするしかなかった。貧乏人なのを見抜かれやしないかってビクビクしながら・・・。そのときのわたしの気持ち、わかる?父親が普通のサラリーマンで、ずっと借家住まいの家庭に育ったわたしが、どんな思いで(大学生活の)4年間を過ごしたか、あんたに想像できるの!わたしは、もう、あんな惨めな思いをしたくなかったの!」
 この気持ち、私には理解できませんが、少しだけ想像することができます。私の身近にいた先輩の女性があこがれの学習院大学に入りました。きっと、こんな気持ちになったんじゃないかな、そう思いました。私は、大学生のとき、比較的に「貧乏人」のいる寮(今はない東大駒場寮です。6人部屋でした)に入りましたから、コンプレックスを感じることもなく、ぬくぬくと生活できました。『清冽の炎』第1巻(花伝社)に描かれているとおりの生活でした。
 主人公は次に未公開株を売りつけるインチキ会社に入って、電話でのアポ取り仕事に従事します。でも、なかなか営業成績は上がりません。そんなときに言われて、目を開かされたのが次のセリフです。
 「電話の向こうにいるのは、カモ。それ以外はゴミ。買ってくれるお客様はカモ。買わない奴はゴミ。短時間でゴミを見分けること。あいまいなことを言ってグズグズするだけのタイプはまず買わないので、ゴミ。声がいかにも不機嫌なのもダメ。こういうのは、さっさと切り捨てて、次に行く。ゴミに余計な時間は使わない。ゴミがいくら腹を立てようが、何を言おうが、我々の知ったこっちゃない。勝手にさせておけばいい。しょせんゴミだから、気にするだけバカバカしい」
 「日本には、300万円くらいなら、電話1本でぽんと差し出す金持ちがいくらでもいる。そういう客にあたるまで、ひたすら電話をかけまくる。50万円で臆病風を吹かすような貧乏人なんか、関わるだけエネルギーのムダ。そんなのは、さっさと捨てる。ゴミと分かったら、1秒でも早く捨てて次に行く。まずは数をこなす。1日250本を目ざす。大切にしなくてはいけないのは、おいしい肉をたっぷりと食べさせてくれるカモだけ。お金に余裕のある人なら、必ずもうけ話に興味をもつはず。そういう客にあたったら、ここぞと勝負をかける」
 「ほとんどの人間は、誰かに操られたがっている。人の心を手玉にとったときの快楽は、ほんとうにしびれるほど。その快楽を味わうためにこの仕事をしている」
 「相手が受話器をとっても、すぐにしゃべってはいけない。一呼吸おいて、様子をうかがう。相手の声のトーンに神経を集中し、想像力をフル回転させ、相手の状態を把握する。忙しいのか、ヒマなのか、元気なのか、疲れているのか。
 第一声では、決して早口になってはいけない。言葉を区切って、ゆっくりと相手を確認する。これで、ただの営業ではないかもしれないという印象を与えられる。
 いやあ、ホントなんです。この手の被害にあった人の相談をよく受けます。ところが、被害回復はなかなか難しいので、弁護士としてももどかしく思うことの多いのが現実です。
 仏検が終わって、みじめな思いをかかえて上京するため福岡の空港でチェックインしようとしたら、「予約ありません」という表示が出てきてびっくり。なんと、1日あとの便を予約していたのです。きちんと確認をしなかった私の完全なミスです。まったく厭になってしまいました。でも、なんとかキャンセル待ちで目ざす便に乗ることができました。
(2008年2月刊。1600円+税)

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