弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年3月10日

神なるオオカミ(上巻)

中国

著者:姜 戎、出版社:講談社
 うひょー、すごい本です。圧倒されてしまいました。著者は、私より少しだけ年長ですが、同じ団塊世代です。文化大革命のときにモンゴルの草原に下放されました。その苛酷な体験をふまえた、世にも珍しい小説です。
 著者は、北京の知識青年として、志願して内モンゴル辺境のオロン草原に下放され、 1979年に中国社会科学院の大学院試験に合格するまで11年間、過ごしました。
 草原の人間は決してオオカミの毛皮を敷き布団になんかしない。モンゴル人はオオカミを敬っている。オオカミを敬わないのはモンゴル人ではない。草原のモンゴル人は、たとえ凍え死んだって、オオカミの毛皮をつかわない。オオカミの毛皮の敷き布団で寝るようなモンゴル人は、モンゴルの神霊をけなしている。
 オオカミは草原を守る神だ。天は父で、草原は母だ。オオカミは草原の害になる生き物しか殺さない。だから、天がオオカミをかばわない理由はない。
 草原の遊牧民の視力はよいが、オオカミの視力にはかなわない。しかし、単眼鏡をつかうと、オオカミの視力に近づける。
 オオカミとは命がけで戦うだけでは無理だ。根気もなければならない。根気よく地面に伏せておかなければいけない。
 新鮮な黄羊の焼き肉は、モンゴルの代表的なごちそうだ。とくに、猟が終わってから、狩り場で火をおこして焼きながら食べるのは、古くはモンゴルのカーン(汗)や王侯貴族が好んだ楽しみであり、草原の狩人たちにとっても逃してはならない愉快な集まりである。
 オオカミはモンゴル人の命の恩人だ。オオカミがいなかったら、チンギスカンもいないし、モンゴル人もいなかった。草原では、オオカミの餌を食べない人間は、本物のモンゴル人ではない。
 モンゴル人は天葬する。草原へ使者を運び、オオカミに食べてもらう。死者を牛車にのせて草原へ運び、牛車から死者が揺れて落ちたところが、死者の魂が天へ昇る地である。死者を裸にして草原のうえで、仰向けに寝かせる。この世にやってきたときと同じように、無一物で平然とした姿である。死者はすでにオオカミのものである。もし3日後に死体がなくなって、骨しか残っていなければ、死者の魂は天のところへ昇っていったことになる。天葬のあとは、必ず、その場所を確認しなければならない。
 うひゃあー、チベットの鳥葬のようなことが、モンゴルでもあっていたのですね・・・。草原で、もっとも辛抱強くチャンスを探すのはオオカミである。チャンスを待つ戦争の神、それがオオカミなのである。
 モンゴル草原では、オオカミにとって、牙が命である。オオカミのもっとも凶悪で残忍な武器は、上下4本の鋭い牙である。牙がなければ、オオカミの勇猛、果敢、知恵、狡猾、凶暴、残虐、貪婪、傲慢、野心、抱負、根気、機敏、警戒、体力、忍耐などのすべての品性、個性、性格は、一切がゼロになる。オオカミの世界では、片目が失明しても、足を一本ケガしても、耳が二つなくても生きられる。しかし、オオカミは牙をもたなければ、草原での殺生与奪の権を根本から剥奪されることになる。殺すことと食うことを天命とするオオカミにとって、牙がなければ、命がないのも同然だ。
 馬の放牧は、草原でもっとも困難で危険な仕事なので、体が丈夫で、大胆で、機敏で、聡明で、警戒心が強く、飢えや渇き、寒さや暑さに耐えられるようなオオカミか軍人の素質がなければ馬飼いとして選ばれない。
 馬飼いは、オオカミと生きるか死ぬかの戦いの第一線に身を置いているので、オオカミに対する態度が矛盾している。草原では、牛の放牧は一番楽な仕事とされる。牛の群れは朝早く出かけて、夜遅く帰り、草地も家も覚えている。
 馬の群れは、近親相姦を容赦なく取り除くことによって、種の質と戦闘力を高める。
 夏になり、3歳の牝馬が性に目ざめると、牡馬は慈しむ父親の顔をがらりと変えて、自分の娘を冷たく群れから追い出し、母親のそばにいることを決して許さない。狂ったように暴れ出す長いたてがみの父親は、オオカミをかんで追い払うように自分の娘をかんで追い払う。牝の子馬たちは泣いたり騒いだり、懸命にいななき、馬の群れががやがや騒ぎたてる。やっとのことで母親のそばに逃げこんだ牝の子馬を、まだひと息つく間もなく、凶暴な父親が追いかけてきて、けったりひっかいたり、いささかの反抗も許さない。それぞれの家族が娘たちを追い出す騒ぎが一段落すると、もっと残酷な悪戦、つまり新しい配偶者の争奪戦が続く。それがモンゴルの草原の、ほんものの雄性と野性という火山の爆発である。
 牡馬は草原で覇をとなえている。オオカミの群れが、自分の妻と子どもを攻撃してくるのを恐れる以外、世のなかにはほとんど怖いものがない。
 モンゴルの大草原の厳しい掟をかいま見る思いのする、いかにもスケールの大きい小説です。下巻が楽しみです。
(2007年11月刊。1900円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー