弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2008年2月28日
アレクサンドル?世暗殺(下巻)
ロシア
著者:エドワード・ラジンスキー、出版社:NHK出版
1866年の暗殺未遂のあと、学生紛争に参加した若者たちの多くが、退学処分となった。彼らはたいてい裕福な家庭の出だったから、ロシアの大学を追われた者たちは外国に留学した。
マルクスは、喜んで彼らに「いろは」から説明した。マルクス以後の哲学は、すべて世界を説明するだけのものだった。マルクスの哲学は世界を変えなければならないというものだ。だが、ロシアはまだ早すぎると厳しく釘を刺した。ロシアにはまだプロレタリアがいないからだ。バクーニンは、ロシアにおける革命の希望をロシアの国民性、圧政者と貴族に対する農民の憎悪においた。地主であり、地主の子孫であるバクーニンは、地主たちが首を吊され、その屋敷が焼かれたステンカ・ラージとプガチョフの乱を楽しそうに想起した。
マルクスは頭のばかでかい浅黒いユダヤ人であるのに対して、エンゲルスは頭が非常に小さくて、背の高い、亜麻色の髪のアーリア人だった。そして資本家で金持ちのエンゲルスが、天才で反資本主義の闘士であるマルクスの面倒をみていた。
1868年から翌年にかけて、首都ペテルブルグで学生紛争の新しい波が起こった。ちょうど100年後の1968年6月から東京でも学生紛争が起きました。私は大学2年生のときに体験しました。『清冽の炎』(花伝社)は、そのときの東京大学の様子が詳細に描かれています。
ナロードニキは、プ・ナロードと叫んで、人民の中へ入っていった。ところが、人民は、想像もできないほど汚い住居と服、非常に不健康で貧しい食事のなかで生活していた。これは動物の生活なのか、それとも人間の生活なのか、疑問を発せずにはいられない。ナロードニキたちは、愛する民衆との交流に耐えきれず、次々に農村を離れていった。4000人のナロードニキが逮捕された。38人が発狂し、44人が獄死し、12人が自殺した。1877年、193人のナロードニキが現体制の転覆を謀って組織をつくったという容疑で裁判にかけられた。その弁護人として、ロシアの花形弁護士が全員集合した。ロシアのインテリに名を知られた35人の優秀な弁護士たちがナロードニキを弁護した。
判決は、28人に懲役労働、75人に刑罰の宣告、90人が無罪となって、うち80人が流刑された。この迫害は、民衆の中へ入るという平和的な考えを死滅させた。ナロードニキは危険な変貌をとげた。
ロシア皇帝を暗殺するため、宮殿の地下にダイナマイトが持ちこまれた。鉄道爆破が失敗したあとのことだ。皇帝と息子たちが宮殿内の「黄色の食堂」に入ろうとしたとき、突然、ただならぬ轟音がして足元の床が盛り上がり始めた。もしも床が固い花崗岩でなかったなら、食堂はすべて吹き飛ばされ、皇帝一家は全滅しただろう。
もし、悪漢どもが皇帝の宮殿にさえ爆弾を仕掛けることができるのなら、どこに安心と安全を求めたらいいのか・・・。
ペテルブルグは前代未聞のパニックに襲われた。ドストエフスキーの住むアパートの隣にバランニコフが住んでいた。憲兵隊司令官暗殺の共犯者であり、お召し列車爆破事件に参加したテロリスト「人民の意志」一味の一人だった。
1880年10月、逮捕された「人民の意志」党員たちの「16人裁判」が行われた。うち5人が死刑判決となった。
アレクサンドル皇帝は3人を減刑し、2人を絞首刑とした。久しぶりの死刑だった。世間の人々は暗殺事件と死刑を忘れていたのに、久しぶりに思い出させられた。
皇帝を暗殺しようとするグループは、皇帝の外出を常時見張る監視班をつくった。その結果、日曜日に通るコースはいつも同じことが判明した。
テロリストたちは、皇帝を殺しさえすれば、民衆の反乱が始まると信じていた。彼らの偏執的な願望は、皇帝を暗殺して、革命を起こすことだった。
1881年3月1日。午後2時15分。アレクサンドル2世が馬車に乗ってすすんでいると、小柄な男が白いハンカチに包まれた爆弾を投げつけた。皇帝は無事で、その男はすぐに捕まえられた。皇帝は、すぐに現場を立ち去ろうとせず、むしろ、現場を見ようと歩いて戻ろうとしたところ、運河の柵のそばにいた若者が皇帝の足元に物を投げつけた。皇帝も周囲を囲んでいた将校たちも、全員いっせいに倒れた。
出血多量で衰弱した皇帝を運ぶのを手伝った者の中に、3人目の暗殺者がいた。彼は脇の下に書類鞄を抱えていた。これも爆弾だった。彼は前の2人が失敗したときの暗殺者だった。
ロシアのアレクサンドル2世皇帝が暗殺されるまでのロシア社会の実情、そして暗殺者たちのことがよく分かります。これほど皇帝暗殺に執念を燃やす集団がいて、それを受けいれる素地がロシア社会に会ったことを初めて知り、驚いてしまいました。先日のパキスタンのブット元首相の暗殺も知りたいと思ったことです。
(2007年9月刊。2300円+税)