弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2008年1月30日
田沼意次
江戸時代
著者:藤田 覚、出版社:ミネルヴァ書房
田沼意次の父の意行(おきゆき)は、紀伊藩の徳川吉宗に仕えていた。吉宗が将軍になったため江戸へ出て、幕臣となり旗本になった。いわば吉宗子飼いの家来であった。意次は意行の長男として、吉宗の長男である家重の小姓になった。蔵米300俵をもらった。父意行の知行600石を受け継いだ意次は23年に1万石の大名に出世した。600石の旗本が1万石という大名になるのは異例の大出世である。
田沼意次は、徳川家重の小姓から御用取次、ついで徳川家治の御用取次を経て側用人、さらに老中格からから老中に昇進したが、なお側用人の職務をそのままつとめた。老中と側用人とを兼任したこと。これこそ、意次がまれにみる権勢を手に入れた理由であった。
1684年、当時の大老堀田正俊が江戸城で若年寄の稲葉正休(まさやす)に刺し殺された。この事件をきっかけに、将軍の身の安全から、老中以下の諸役人と将軍とが直接に接する機会を制限した。その結果、将軍と諸役人との間に、側用人や側衆を介在させる仕組みになり、老中といえども、側衆や側用人を仲介しないと将軍に会えなくなった。その結果、側用人など奥づとめの役人たちの役割が大きくなっていった。
側用人は、将軍に近侍して政務の相談にあずかるとともに、将軍の命令を老中に伝達し、老中の上申を将軍に伝えるという、将軍と老中との間を取り次ぐのが主な職務である。側用人は将軍の意思を体現する存在である。側用人が幕政に強い権勢をふるうには、将軍の特別な恩顧のほかに、個人的な野心や能力が必要だった。
側用人政治を否定したとされる吉宗は、幕府政治の改革にあたり、みずから新設した御用取次をつかって、側用人政治とよく似た政治運営をしていた。
田沼意次が活躍したときの将軍家重と家治は、いずれも幕府政治に積極的に関わろうとしないタイプの将軍だった。
田沼意次が幕府政治と直接関わるようになったのは、美濃郡上一揆の処理から。この一揆は、宝暦4年から8年にかけてのこと。幕府は、老中、若年寄という重職を罷免し、若年寄を改易、大名金森の改易という、まれにみる厳しい処罰を断行した。これを果断に処理したのが御用取次の田沼意次だった。
町奉行や勘定奉行など、幕府の重要ポストには、田沼意次と直接の姻戚関係もふくめ、何らかのつながりをもつ役人たちが配置されていた。田沼意次は、子弟や姪らを介して、老中2人、若年寄1人、奏者番2人、勘定奉行などと姻戚関係をがっちり結んでいた。
重要な政策は、その発議が意次か奉行であるかは別にして、意次と担当の奉行が事前に協力して立案し、そのあとで老中間の評議にかけていた。意次は幕閣の人事を独占しただけでなく、幕府の政府を主導していた。
意次時代には、幕府の利益を追求する山師が跋扈し、田沼意次こそ山師の頭目であった。しかし、これは、田沼意次の政策が革新的であったとも言えるものだ。
耕地を増加させるため、新田開発策をとった。意次にとってもっとも大きな問題は、幕府の財政をどうするか、だった。
明和7年(1770年)、江戸城の奥金蔵や大阪城の金蔵にはあわせて300万両もの金銀が詰まっていた。これが天明8年(1788年)には81万両にまで急減していた。
この時代の山師中の山師は平賀源内である。源内のパトロンが田沼意次だった。
意次は、銅と俵物の増産に取りくんだ。また、白砂糖の国産化もすすめた。
印旛沼の干拓をすすめ、ロシアとの交易、蝦夷地の開発もすすめようとした。
田沼意次が清廉潔白とは言えないが、当時、賄賂は義務的なものでもあった。
田沼意次は「はつめい」の人と言われた。「はつめい」とは、かしこい、という意味。家来の下々にまで目を配り、家来たちが気持ちよく働けるようにするための配慮や心づかいのできる人物であり、人心操縦の術にたけた人物でもある。
意次の長男である意知が殿中で切られて死亡すると、意次もたちまち失脚してしまう。それほど反感を買っていたということでしょう。
出世や優遇を期待して田沼家と姻戚関係をもった大名家や、意次の家来と姻戚関係をつくった旗本家は、かなりの数にのぼった。しかし、田沼家が凋落したとき、櫛の歯を挽くように離縁が相ついだ。その節操のなさには、呆れるほどだ。
しかし、意次は、「御不審を蒙るべきこと、身をおいて覚えなし」という書面を書いています。意次にも反論したいことが山ほどあったようです。
意次の素顔を知ることのできる本です。
(2007年7月刊。2800円+税)
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