弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年1月28日

ヒトは食べられて進化した

著者:ドナ・ハート、出版社:化学同人
 ほとんどの霊長類は、夜、集団の仲間が休んでいるあいだに子どもを産む。夜のあいだに出産すると、雌は集団と一緒に再び移動しなければならなくなる前に、陣痛、分娩から赤ん坊の最初の世話まで、ゆっくり時間をかけてすることができる。そして、翌朝には、仲間と合流して、食物をあつめるための移動に出かけていける。出産直後に取り残される心配はないし、捕食者から攻撃を受ける危険も減る。
 人間の赤ん坊も、ほとんど夜に生まれている。だいたい午前2時から3時のあいだにはっきりしたピークがある。これは、集団という安全な場所での出産が必要だった遠い昔に記憶が今に引き継がれているのだろう。うむむ、そういうことだったのですか・・・。
 パタスモンキーの集団は小さく、開けたサバンナという生息環境に置かれているため、とくに夜間に攻撃を受けやすい。また、夜間出産をすると、においが立ちこめるので、暗闇の中で腹をすかせて待ちかまえている捕食者たちにメスのパタスの位置を悟られてしまう。だから、日中出産をする。
 ヒト科を守ってきたのは、音を交わすことによって仲間に警告したり、挨拶したり、結束を固めたりする能力だった。
 初期ヒト科は、ネコ科、イヌ科、クマ科、ハイエナ科、猛禽類、爬虫類にとって、おいしい食材だった。初期ヒト科は二足歩行していた。初期ヒト科は声を出して意思を伝えあっていた。初期ヒト科は集団で暮らしていた。初期ヒト科の脳は、数百万年をかけて大きくなっていった。
 メスに対するオスの優位性は、霊長類社会に浸透している特性の一つ、などでは決してない。伝統的な社会の多くでは、権力の配分はずっと平等主義的だ。たとえば、カラハリ砂漠のクン・サン族や中央アフリカのムブティ・ピグミー族のような熱帯狩猟採集民では、家族内でも公の場でも、男女間では、かなり等しく権力を分けあっている。
 続いて、笑ってしまう話を一席。アフリカでキリスト教の布教が始まったころの話です。宣教師向けに書かれていた、ニシキヘビに出会ったときの心得です。ニシキヘビは人間よりも速く走る。すべきことは、地面の上に仰向けに寝そべり、両脚をそろえ、両腕とも身体の横につけ、頭も完全に地面につける。すると、ニシキヘビは、ヒトの身体の下に頭を押しつけようとする。少しでも隙はないかと試しているのだ。冷静を保つこと。少しでも動くと、身体の下に入りこみ、とぐろを巻きつけて絞め殺そうとする。しばらくすると、ニシキヘビはもぐり込もうとするのをあきらめ、恐らく何の前置きもなく飲み込もうとする。たぶん片方の脚から始めるはずだ。でも冷静さを保ち、脚は飲み込まれるままにしておく。まったく痛くはないが、時間がかかる。気が動転してもがき出すと、ニシキヘビは即座にとぐろを巻きつける。冷静さを保っていると、飲み込まれ続ける。膝くらいまで飲みこまれるまで辛抱強く待つ。それから、注意深くナイフを取り出し、ニシキヘビの口のふくらんだ方に差し込んで、裂け目から一息に切り裂く。
 うひょう、嘘でしょ。こんなことって、冷静になって出来ませんよね。ニシキヘビは体重90キロ、身長が5.8メートルもあります。
 初期ヒト科は声を出して意思を伝えあっていた。初期ヒト科は集団で暮らしていた。けれども、ヒト科は食べられるのを待ってぼうっと突っ立っていただけではなかった。生き続けるのは、あらゆる生き物の目標だ。
 ホント、世の中には知らないことがたくさんありますよね。
 あるところで私が昨年500冊以上の単行本を読んだと書いたところ、同期の親しい弁護士から、「あんたもそろそろいい年齢(とし)なんだから、そんな難行苦行はやめたほうがいいよ」というありがたい忠告を受けました。ところが、本を読むというのは、私にとって苦しいなんてことではまったくありません。それどころか、片時だって本を手放したくない、喜びにみちた行為なのです。知るって、楽しいことなんです。こうやって書評を書き続けているのも、その楽しさをなるべく大勢の人に分かちあいたいと思っているからです。そんなわけで、今後とも書き続けます。
(2007年7月刊。2200円+税)

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