弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年12月 6日

中原中也、悲しみからはじまる

社会

著者:佐々木幹郎、出版社:みすず書房
 この10月に山口の湯田温泉に行ってきました。小さな温泉街です。町なかにしゃれた美術館がありました。中原中也美術館です。この本はそこで買いました。私は美術館に行ったときには、DVDを見るようにしています。よくまとまっていますので、便利です。詩人の中原中也は湯田温泉に生まれました。父親は中原医院を開業している、有名な医者でした。期待した息子(長男)が医者にならず詩人になるのを認めなかったそうです。でも、こればかりは仕方のないことですよね。私も長男が弁護士をめざすと言ったときにはうれしく思い、別の道を歩みはじめたときには少し寂しさを感じました。だけど、自分にあった道を歩むのが一番です。父親だからといって私の意見を押しつける気はさらさらありません。
 この本を読んで、中原中也の早熟さに驚き、かつ呆れてしまいました。
 十代の中学生のとき、中原中也は早々と詩を書く以外にない、眼が覚めたとき詩人である自分がいた、というのです。
 中原中也が、かの有名な評論家である小林秀雄と同世代であり、三角関係にあったということも初めて知りました。小林秀雄は、中原中也に魅力と嫌悪を同時に感じたといいます。いわば早熟男が別の早熟男に魅力と嫌悪を感じたということだろうと著者は解説しています。
 中原中也は、小林秀雄の批判に対して、「それが早熟の不潔さなのだよ」と言い返しました。なんという言い方でしょうか。さすがは詩人です。私にはとても発想できない言葉のつかい方です。
 中原中也は、中学4年生17歳のときに、6歳年上で23歳の女優である長谷川泰子と京都の下宿で同棲生活をはじめます。
 うむむ、なんと早熟な・・・。
 そして、小林秀雄が親友の恋人(泰子)に惚れてしまい、泰子は小林秀雄と一緒になる道を選ぶのです。中原中也は親友に恋人を奪われ、失恋してしまったわけです。
 日本の文芸批評を創始した小林秀雄は、一人の女性と一人の詩人を通して評論家になった。著者はこのように解説しています。ところが、中原中也は小林秀雄との絶交状態をいつのまにか解消して、つきあいを復活させるのです。なんということでしょう。ここらあたりになると、凡人の私の理解をこえます。
 この本には中原中也の詩が推敲される過程が原文の写真つきで紹介されています。
 中原中也は語勢を大切にした。語勢とは、詩のリズムをあらわす、中原中也らしい表現である。詩の世界では、言葉というものの面白さをどのように引き出すかが、いつも問われる。
 汚れちまつた悲しみに
 今日も小雪の降りかかる
 汚れちまつた悲しみに
 今日も風さへ吹きすぎる
 たまには声を出して詩を読んでみるのもいいものです。
(2005年9月刊。1300円+税)

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