弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年11月19日

私訳・歎異抄

社会

著者:五木寛之、出版社:東京書籍
 善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す。いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他人の意識にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他人をたのむこころにかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報士の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いずれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて、願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。よって善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。
 親鸞の有名な文章です。これを著者は次のように現代語訳しました。
 いわゆる善人、すなわち自分のちからを信じ、自分の善い行いの見返りを疑わないような傲慢な人びとは、阿弥陀仏の救済の主な対象ではないからだ。ほかにたよるものがなく、ただひとすじに仏の約束のちから、すなわち他力(たりき)に身をまかせようという、絶望のどん底からわきでる必死の信心に欠けるからである。
 だが、そのようないわゆる善人であっても、自力(じりき)におぼれる心をあらためて、他力の本願にたちかえるならば、必ず真の救いをうることができるにちがいない。
 わたしたち人間は、ただ生きるというそのことだけのためにも、他のいのちあるものたちのいのちをうばい、それを食することなしには生きえないという、根源的な悪をかかえた存在である。
 山に獣を追い、海河に魚をとることを業(ごう)が深いという者がいるが、草木国土のいのちをうばう農も業であり、商いもまた業である。敵を倒すことを職とする者は言うまでもない。すなわち、この世の生きる者はことごとく深い業をせおっている。
 わたしたちは、すべて悪人なのだ。そう思えば、わが身の悪を自覚し、嘆き、他力の光に心から帰依する人びとこそ、仏にまっ先に救われなければならない対象であることがわかってくるであろう。
 おのれの悪に気づかぬ傲慢な善人でさえも往生できるのだから、まして悪人は、とあえて言うのは、そのような意味である。
 正直いって、私には、この解説ではもうひとつよく分かりません。あるときには分かったようなつもりになりましたが、本当の意味で理解したというのにはほど遠い状況です。
 わたしたちは常に現世への欲望や執着にとりつかれた哀れな存在であり、それを煩悩具足の凡夫(ぼんのうぐそくのぼんぷ)という。
 これは、私にも、よく分かります。まさしく私は煩悩具足の凡夫そのものです。
 阿弥陀仏の救いに甘えてつくる罪もまた、過去の世の行いの結果である。善い結果も悪い結果も、その業(ごう)の結果であると認識し、ただ仏の慈悲にすがることが、「他力」(たりき)の道なのだ。
 ここらあたりが、私にピンとこないのです。いったい、これはどういうことなのでしょうか。 何度よみ返しても、よく理解できません。果たして、一日一善を心がけてよいものなのでしょうか。それとも無意味なことだというのでしょうか。
 念仏をしようと思いたったとき、その信心は、阿弥陀仏からのはたらきかけによって生じ、阿弥陀仏のちからによってなされるものである。その時点ですでに仏の光明に照らされているのだ。だからこそ死ねば執着を脱し、罪をぬぐい、浄土に導かれるということである。
 それはあくまで仏の大きな慈悲の心によるものだ。このはからいによらなければ、われわれのような罪深い人間が浄土へと往生できるわけがない。一生の問いにする念仏の数々は、この仏の恩を感謝する念仏であると考えよう。
 念仏によって罪を消滅できると期待することは、その行為に励むことによって自己の罪を消し去ろうとする「自力」の行為である。もしそれで浄土へと往生できるのなら、死ぬまで一刻もたえまなく念仏しなければならないが、念仏とはそういうものではあるまい。
 いやあ、なかなかに味わい深い文章であることは間違いありません。とても平易な文章なのですが、まだまだ凡夫の私が理解するのには相当の年月を要すると思いました。
 先週、上京して日弁連会館での会議に参加する前に、日比谷公園で菊花展があっていましたので、立ち寄りました。見事な菊の花がずらりと並んでいて壮観でした。丹精こめた大輪の菊の花が、香りも高らかに美を競いあっていて、ついつい見とれてしまいました。それにしても、いろんな形の菊の花があるのですね。まるで花火のような形をした菊の花を眺めて、手入れがさぞかし大変なことだろうと推察しました。
(2007年9月刊。1200円+税)

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